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【八人のアダム】2-5 おにいちゃん

ピップはクロウから教えてもらったウィークシティの座標を入力し、モルゴンを発進させた。クロウの教えてくれた情報が正しければ、数時間後にはウィークシティに到着するはずである。

「やさしい人でしたね。スターバッテリーもくださるなんて」
ラムダはピップの右隣に座り、クロウからもらったスターバッテリーを手にニコニコと笑っている。
(あいつらディジェノは、自律式スターズとわかると破壊してくるみたいだけどな)
という言葉は口に出さず、ピップは先ほどから気になっていたことをラムダに確認した。
「ところで、ラムダ、さっき飲み込んだビスケットは……?」
「はい、ぼくの中に保管してあります。ピップ、食べますか? 出しますよ」そういってラムダは大きく口を開けたので、ピップは慌てて止めた。

「い、いや。いい。俺は食べる気はないから、あとで外に降りたときにでも捨てような」
「そうでしたか。承知しました」
そういってラムダは口を閉じた。ピップは思わず頭をかいた。

これでまた、ラムダに関して新しい事実が判明した。
ラムダは食事をするふりができる。
今回は丸飲みしていたが、おそらく咀嚼のようなこともある程度は可能なのではないだろうか。ただ、さすがに食べ物を消化する機能までは付いていないようだった。
また、ピップから言われただけで、すぐにピップの弟のふりをしたことも驚きであった。クロウにピップとラムダの兄弟関係を疑っている気配はなかった。人間であってもあそこまでうまくできるものではない。ラムダがそれを難なくやってのけたことに、ピップは驚愕していた。

「会話や思考ができるAI搭載型のスターズ」ということであれば、<別れの日>以前にピップも利用していたことはある。ピップが何かを問いかけると、AIを搭載したスターズが返事してくれるのだ。スターエンジニアとしての学習のために世話になったものだった。
だが、それは、実際には目の前にいるスターズ自身と会話しているわけではなかった。おもにそのスターズが行うのは、情報のインプットとアウトプットのみで、情報の解析や分析や演算、つまり人間における思考の部分は、ネットワーク上に繋がっている世界のどこかにある巨大なコンピューターが担当していた。
人間に例えるなら、耳や口の役割を目の前のスターズが、神経の役割をネットワークの通信網が、そして脳の役割をはるか遠方にある巨大なコンピューターが行っていた。それが可能だったのは、かつての世界ではグローバルネットワークが構築されていたからだった。
だが、<別れの日>以後の世界では、世界中に情報を届けることを可能にしていたグローバルネットワークは崩壊した。通信を媒介するべき電波塔や通信局などがことごとく消滅したためである。ローカル地域における局地的なネットワークのみであれば、ごくわずかに構築を開始しているシティもあるが、その範囲は半径数十キロメートル程度である。ギャランシティで使用していた携帯電話は、ギャランシティ内でしか使えないのが良い例である。
だから、ピップの考えでは、ラムダがどこかのネットワークに繋がっているとは考えられない。つまり、ラムダはラムダのボディの中にある機能のみで、非常に高度な多機能と演算を完結し、成立させていることになる。
スターズにはかなり詳しいピップだが、どうすればラムダの小さな体でそのような多機能と高度な演算が可能なのか、見当もつかない。

それからピップは、先ほど出会ったクロウと、彼が属している組織「ディジェノ」のことを考えた。
「ディジェノ」というのは、ギャラン=ドゥが先日の会話の中で、危険な連中として挙げていた名称と同じである。
(あのスターズ、<ダエーワ>といったか。かなり軍事的にチューンされたスターズだった。あれほどのスターズを生産できるなんて)
ピップはディジェノという組織が想像以上に巨大であることを感じた。
大破壊が起きた<別れの日>から、すでにニ年半ほどが経過している。
はじめは混乱し、バラバラだった人々が、徐々に集団となり、各地で組織やシティを作り始めている。ディジェノもその一つだと思われるが、あれだけのスターズを何機も擁しているとなると、その軍事的な戦闘力はギャランシテイよりも上かもしれない、とピップは推測していた。そう考えると、ギャラン=ドゥがなぜ強力なスターズを欲しがっていたのかも、今は理解できるような気がするのだった。

ピップはクロウからもらったシリアルバーを眺めた。
クロウ。
少々乱暴だが、気の良い青年だった。ラムダのことでは彼をだましたようで、すこし気がとがめた。
しかし、そんなクロウもデイジェノの一員なのである。
おそらくクロウは自分とそこまで年は離れていないだろう。しかし互いの歩んでいる道は真逆のようだとピップは思うのだった。
戦争の道具となることを嫌い、ギャランシティを飛び出したピップ。
デイジェノという戦闘集団で飛躍を期すクロウ。
「弟を守れよ」
そういったクロウはすこし寂しそうな顔をしていたようにも見えた。ピップはもうすこしクロウと話をしてみたかった気がする。
だが、異なる道をゆく自分たちは、この広い世界ではもう出会うこともないだろう。
(俺は、俺の旅を。じいちゃんを探し出すんだ)
ピップはクロウのくれたシリアルバーをかじりながら、モルゴンを加速させた。

数時間後、日が暮れる頃、遠くにシティの明かりが見えてきた。
(あれがウィークシティか)
シティの明かりに、人の気配に、ピップは心から安堵を覚えた。
だが、このままモルゴンに乗って入市するわけにもいかない。つい数日前、ピップはこのモルゴンを操縦し、ギャラン軍の一員としてウィークシティの市長たちと戦ったばかりだからである。
ピップはシティから数キロメートル離れた岩場に囲まれた目立たない箇所を見つけて、モルゴンを隠しておくことにした。そして今日はそこで一晩過ごして、明日の朝になったらシティまで歩いて行くことに決めた。

「いいか、ラムダ。お前は今からおれの弟になるんだ」
その夜、ピップはラムダに、今後は二人の関係を表向きは「兄弟」としておくことを伝えた。
「ラムダの年齢は、そうだな、六歳。誕生日は、えーと、キリがいいから四月一日にしよう。戦争の影響でおれたち兄弟は離れて暮らしていたけれど、<別れの日>のあとにおれがお前を迎えに行って、それから二人でアダムじいちゃんを探しているって設定だ」
ピップがそういうと、ラムダは目をぱちぱちとまばたきをした。
「ぼくはピップのおとうとなんですね。承知しました」ラムダはにっこりと笑った。
「わかりました、おにいちゃん」
そう言われて、ピップは照れ臭くなった。ピップには兄弟はいないため、奇妙な気恥ずかしさがあった。
「な、なんか恥ずかしいな。呼び名はピップのままでいいよ」
「わかりました、ピップ」
「よーし、じゃあ細部を決めていこう」
「はい」
ピップとラムダは、二人の兄弟設定を話し合って、つめていった。
「きみの名前は?」
「ラムダ=リンクスです」
「両親は?」
「事故でなくなって、いません」
「なぜ旅をしているの?」
「おじいちゃんを探しています」
「誰と旅をしている?」
「おにいちゃんのピップです」
「身分証明書はある?」
「ごめんなさい、わかりません」
ピップはうなずいた。
「よーし、そうだ。細かい質問をされた場合は、わからないっていうんだ。お前は無垢な六歳の男の子なんだからな。わからないっていえば、詳しく聞かれることはめったにないから」
「はい、おにいちゃん」
「だから、それはもういいって」
ピップは笑って、その後すぐ真顔になった。
「……なあ、もしかして今、冗談を言ったのか?」
ラムダは首をかしげて微笑んだ。
(まさか、な。いや、でも)
この弟もどきの底知れなさを感じつつ、ピップは明日に備えて眠りについた。

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