見出し画像

【八人のアダム】 2−25 旅立ち

一行がウィークシティへ到着すると、駆け寄ってきたロバート市長は真っ先にティアに詫びた。
「ティアさん、誠に申し訳ございません。まさか、ワイルドたちが誘拐を企てていたとはッ…」
「いえ、私も脇が甘かったです。ただ、ロバート市長も今後は、人員の事前調査などをしっかりなさってくださいね」
「は、おっしゃる通りです。それで、あの、こんなことがございましたが今後の取引に関しては…」
「ええ、今回のことは、ホープシティとウィークシテイの取引に影響は出ません。ただ、この遠征で消耗した物品の補充や、傷ついたスターズの修理など、このあたりは負担していただきたい」
「もちろんです!」
「それと、ピップ君のことです。彼と弟さんへの監視を解除すること。モルゴンの修繕を行うこと。これを約束してください。彼が命をかけて行動をしてくれたおかげで、私たちはワイルドの計画を防ぐことができたのですから」
「は、はい、それももちろんです。報告を受けた時からそれは決めておりました」
そういうと、ロバート市長はピップに向き直り、頭を下げた。
「ピップくん。すまなかった。そしてありがとう。君のモルゴンの修理などは責任を持ってやらせていただく。何なら、もっと良いスターズを提供してもいい」
ピップは首を振った。
「とんでもないです。ただ、代わりのスターズはいりませんし、モルゴンの修理も自分でやります。必要な物資や材料の調達だけしていただければ、大丈夫です」
「わかった。……それでな、ピップくん。君には二つ、言わなければならないことがある。ティアさんもこのまま聞いていただけますか」
「私も? なんでしょう」
「まず一つ目。ピップくん、きみが探しているアダム博士についてだ。彼に関する情報は、やはり私のシティでは見つからなかった。目撃情報、消息情報、どれもなかった」
「そう、ですか。でも、そんな気はしました。探していただいて、ありがとうございます」
ピップは市長に頭を下げた。市長は恐縮した。
「それで、二つ目。これは、とても言いづらいのだが、必要な物資は提供するので、モルゴンの修理が完了したら…その…このシティから出ていってもらえるだろうか」
「ロバート市長! そんな」
ティアが反論しようとするのをピップが止めた。ロバート市長は首を振った。
「先日のギャランたちとの戦闘で、負傷した者や、スターズを壊された者がいる。彼らは今回の騒ぎで君がシティにいることを知ってしまった。私は彼らに説明をしたが、彼らは今もピップくんの存在をよく思っていない。一度抱いた人間の負の感情はコントロールするのが難しいものだ。私もモルゴンの修理が終わるまでくらいであれば、彼らを制御できるだろうが、この先もシティに長く滞在するとなると、君や弟さんに何か害が及ぶかもしれない……」
「ロバート市長、おっしゃることはごもっともだと思います。ぼくは元々、スターバッテリーと食料の調達、そして祖父の情報探しをするためにウィークシティへ来ただけで、長居するつもりはありませんでした。ですので、物資をいただけるのであれば目的は叶えられます。なるべく早く出て行くことに、何も問題はありません」
「すまない。必要なものは言ってくれ。できる限りの援助をしよう。そこで、ティアさんにご相談が」
ロバート市長はそういうとティアに目配せをした。ティアは合点したようにうなずいた。
「ピップくん。ウィークシティを出るつもりなら、よければ私のシティ、<ホープシティ>へ来てみないか」
「えっ?」
ピップは驚いてティアを見た。ワイルド市長が言葉を重ねた。
「ピップくん、これはとても良い話だと思うよ。ホープシティは私の知る範囲では、最も栄えたシティの一つだ。様々なシティと横のつながりもある。ここから少し距離はあるが、君の探し人であるアダム博士に関して、有益な情報が得られる可能性はうちのシティよりずっと高いと思う」
「過大な評価ですよ、ロバート市長。ピップくん、わたしは君とはもうすこし話をしてみたいし、わたしのシティが力になれることならなんでも協力するつもりだ。なんと言っても君は恩人だからね。それに、ホープシティに来てくれるなら、スターエンジニアの仕事なども紹介できると思うよ」
ピップは話を聞いて、一気に表情を明るくした。
「ティアさん、いいんですか? とてもありがたい話です。ぜひ行かせてください!」
「よかった。わたしはもう今日にもここを発つので、道案内はできないが、シティの座標を教えておくよ」
「ありがとうございます、ティアさん。ロバート市長も」
ピップにそう言われると、ロバート市長は頭をかきながら言った。
「考えたんだ。もしあの時、私が戦ったギャラン軍の相手が君ではなかったら、果たして私は今、こうしてここにいられたのだろうかと。そして、今回もきみが作戦に参加していなければ、ワイルドたちの企みは防げなかっただろう。だから、なんと言えばいいのかな。きみに対して、恩というか、不思議な縁みたいなものを、勝手に感じているんだよ。それだけは知っておいてほしい」
「そんな…市長。ぼくの方こそ…」
ピップははにかんだ。そう言ってもらえたことがうれしかったのだ。ロバート市長は、表情を正すと今度はティアを見ていった。
「ティアさん、ワイルドたちは責任を持って我がシティが総力を尽くして捕らえます。ティアさんにこのようなことをしたことを、決して許すわけにはいきません」
「ロバート市長、そこはあまり無理をしないでください。今の世界で、逃亡した悪党を捕えるのは至難だ。それよりも、もし、例のヤツについての追加情報があれば、どんな些細なことでも良いので連絡をください」
「ええ。もちろんです。連携を取り合いましょう」
「はい。ではまた」
ティアとロバート市長は握手をして別れた。

ティアはシティを発つ前に、宿屋の夫妻に挨拶をしておきたいらしく、ピップと共に宿屋に向かった。
その道中で、ティアはピップにいった。
「ピップくん、きみにも伝えておこう。もし、ホープシティまでの道中に、強力なはぐれスターズに襲われたら、無理はせずにモルゴンを捨てて逃げるんだ」
「もしかして、市長と話していた<例のヤツ>って言うのは…」
「ああ、大戦末期、非常に能力の高い自律式スターズが開発され、前線に投入されていっていたことは知っているかな。おそらくそういうものの一つだと思われる、非常に危険で強力なスターズの存在が確認されている。君は、あとどれくらいでここを出る予定だろう?」
「はい。長くても、五日以内には出発すると思います」
「わかった。モルゴンでも二日あればホープシティに着くはずだ。もし君が七日経っても到着しない場合は、ウィークシティに誰か迎えにいかせる。万が一、何かあったときのために、救難信号を渡しておくよ。間違っても戦ってはいけない。いいね?」
「わ、わかりました」
ピップはティアの真剣な表情に気圧されながら、返事をした。ティアは厳しい表情を緩めて、やさしく微笑んだ。
「ホープシティに到着したら、ゲートにいるものに、私から招待を受けていることと、君の名前を告げてくれ。話は通しておくよ」
そしてティアは宿屋の夫妻に挨拶をすると、ウィークシティを出発した。

その三日後。
モルゴンを修理し終えると、ピップもウィークシティを出発することとなった。
モルゴンは量産機のため、必要なパーツが揃えば修理は容易い。ロバート市長はそれらパーツに加えて、スターバッテリーやそのほか旅路に必要と思われる備品や食料を無償で提供してくれた。

ピップの旅立ちを、宿屋の夫妻は最後まで見送ってくれた。
「ピップ、何があっても、くじけるんじゃないよ。あんたは強い子だ。逆境に負けずに打ち勝てる力を持っている」
女将さんはそういってピップを励ました。
「またこのシティに来ることがあったら、今度は客として泊まりにおいで。」
宿の主人はそう声をかけてくれた。
「本当にお世話になりました。ラムダ、挨拶しよう」
「ありがとうございました」
ラムダが礼をいうと、女将さんはラムダの頭を撫でて、目に涙をためながら、抱き寄せた。
「ラムダ、こんなに小さいのに、旅を続けなければならないなんて。でも、あなたのお兄ちゃんはとても立派な人だ。きっとおじいさんも見つかるからね」
そういうと女将さんは涙を拭った。ピップはラムダがスターズだとバレないかヒヤヒヤしたが、同時に夫妻のやさしさが心にしみて、泣きそうになるのをグッと堪えた。
「ピップ、ホープシティに行くんだろ。ティアによろしく伝えておくれ。あの子は、ちょっと手強いが、チャンスがないわけじゃない。気の強い女ほど、本当は支えてくれる相手を待っているものさ。しっかりがんばりな」
「え、そ、そういうわけではっ」
「そうだぞ、ピップ。若いうちは、当たって砕けろだからな。俺もこいつに何度袖にされたことか…でもな、そのうち活路は見えてくるもんだ」

「あんた、余計なことをいうんじゃないよ!」
ピップは仲睦まじい二人のやりとりを見て苦笑しながら、最後の挨拶をした。
「本当に、本当にありがとうございました」
「元気でな!」
「幸運を祈るよ!」
ピップはモルゴンを上昇させ、発進した。
宿屋の夫妻は、ピップのモルゴンが見えなくなるまで、手を振り続けていた。

<二章、完。>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?