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古畑任三郎『VS ラジオ王』

CBCラジオ『#むかいの喋り方』2024年5月28日放送回で、「架空の古畑任三郎の回の犯人とあらすじを送ってください」というメールテーマが発表されていたので、同ラジオ番組のパンサー向井さんが犯人役の古畑任三郎の回を書いてみました。



登場人物

古畑任三郎………………田村正和
今泉慎太郎………………西村まさ彦
西園寺守…………………石井正則
向井慧(さとし)……パンサー・向井慧。ラジオパーソナリティ。
野方……………………….今野浩喜。『#むかいの喋り方』の放送作家。
8留D………………………鈴木浩介。『#むかいの喋り方』のディレクター。
田中直樹…………………ココリコ・田中直樹。ラジオ番組で向井と共演。
マネージャー……………野呂佳代。向井の担当マネージャー。

ストーリー

レギュラーのラジオ番組を何本も抱え、家とラジオ局を行ったり来たりの生活を続ける人気ラジオパーソナリティ、向井慧。超売れっ子でプライベートの時間がほとんど無い向井は、毎週ラジオで披露するエピソードトークを作家に考えさせていた。しかし、ある火曜日の夜、向井は作家の野方から「毎週番組を聴いてくれているリスナーのためにも、こんな嘘をつき続けるのはやめましょう」と、エピソードトークの提供を拒否される。これに逆上した向井は、デスクの上に置いてあったカフで野方の後頭部を殴打し、殺害。向井は野方の後頭部から流れでた血をデスクの角に塗り、事故死を演出するが……。

VS ラジオ王

◯黒い部屋にて

えー、テレビやラジオの現場には、キューシートというものが存在します。
キューというのは「ヒント」という意味で、演者とスタッフはキューシートを見ながら番組を進行します。
殺人現場にもキューシートがあればいいんですが、たいていの犯人は証拠を隠滅してしまいます。
しかし、証拠の隠滅が事件のキューになることもあるもので……。

◯TBSラジオ・ラジオブース

和やかな笑い声が漏れるラジオブース。
向井「ということで、火曜日は以上でございます、ここまでのお相手は、パンサー向井と!」
田中「ココリコ田中直樹でした!」
向井「ありがとうございました〜!」

ディレクターが合図を送る。向井、カフを下げ、イスから立ち上がり、共演者と作家に会釈。ブースの外に待機していたマネージャーが入ってくる。

マネージャー「(腕時計をチラチラと確認しながら)向井さん、すぐ出ちゃったほうがいいかもです。私はちょっとここで打ち合わせしてから行くので、向井さんだけ先に行っちゃっててください。」
向井「わかりました。下にタクシー停めてあります?」
マネージャー「はい。とにかく急いでください。汐留で南原さん待ってるんで。」
向井「(ふふっと笑いながら)いや、ヒルナンデスでわざわざ俺のこと待たないでしょ」

◯TBSラジオ・エレベーター

とある一件の留守番電話の着信を確認する向井。先ほどマネージャーに見せた笑顔とは対照的に、顔を顰める。
向井「ったく、あいつ……。」

◯日比谷通りを走るタクシー

◯タクシー車内

後部座席でふんぞり返り、誰かに電話をかける向井。
向井「お前さ、『書けない』ってどういうことだよ? ……いまさらそんなこと言うなよ、今までずっとそうしてきたじゃんか。な? 今度美味い飯連れてってやるから。お前、疲れてるんじゃない? ほら、だからさっさと……」
タクシー運転手「お客さん、お客さん! 着きましたよ!」
向井「(運転手に向かって)あぁ、ありがとうございます。 (電話口の相手に向かって)とにかく、夜までに仕上げろよ! ……あと、この着信履歴は消しとけよ」

◯日本テレビ・スタジオ

向井がヒルナンデスのスタジオで共演者にツッコミを入れている

◯日本テレビ・スタジオの観覧席

古畑「(大あくび)(隣の今泉に耳打ち)ねえ、これあとどのくらいで終わるの?」
今泉、スタジオに夢中で聞こえていない
古畑、今泉の額を叩く
今泉「イテッ! 何するんですかぁ!」
古畑「この収録はいつ終わるのって聞いてんの!」
今泉「これ収録じゃないですよぉ! 生放送です! ……時間なら、(腕時計を見る)ハッ、もうあと1時間半くらいしかないですよ!」
古畑「1時間半?! 帰る。」
今泉、立ち上がる古畑にしがみつく
今泉「帰っちゃだめです!」
古畑「だいたいね、独り身の君がね、こんな2時間も3時間もかかる収録の、ペアの観覧チケットなんか取るのが間違いなんだよ。」
今泉「だから、これ収録じゃないですっ! 生放送です! あんまり大きな声出したら……」
「放送に声が入っちゃうので、退席していただけますか?」
今泉、ハッとして声のした方を振り向く。
AD「退席、お願いします。」

◯日本テレビ・廊下

ツカツカと廊下を歩く古畑。トボトボと歩く今泉。
今泉「古畑さんなんか連れてくるんじゃかった! 西園寺を連れて来たほうがマシだったよ!」
古畑「なんだその言い草は。こっちだって貴重な時間を割いて付き合ってやったんだよ。」
今泉「もう、古畑さんのせいで日テレ出禁ですよぉ! あぁ、うちのテレビに一生日テレが映らなくなったらどうしよう!」
古畑「バカだなぁ」
今泉「それに、ちょっとしか向井さんのこと拝めなかったじゃないですか!」
古畑「向井? 君、彼のファンなの?」
今泉「大ファンですよぉ! アクスタも集めてるし、ラジオも全部聴いてるんですから!」
古畑「ふーん。」
廊下を通り抜ける二人。廊下に備え付けられた、放映中の番組を映すモニターには、観覧席の二脚のパイプ椅子に、クマのぬいぐるみが置いてある映像が映っている。

◯日本テレビ・スタジオ裏

ヒルナンデスの放送終了後、スタッフらと談笑する向井
スタッフ「向井さん、今日もありがとうございました。あのツッコミ、最高でした!」
向井「(満足げに)いやいや、大したことないですよ」
スタッフ「いやー、向井さんは凄いなぁ。ラジオの生放送の直後にテレビの生放送なんて、向井さん以外にできる人いないですよ! 今日は夜もラジオの生放送あるんですよね? すっごいなあ。」
向井「褒めすぎ褒めすぎ。そんな褒められたらガチで照れちゃうから。」
いかにも満足げな表情を浮かべる向井であった。

◯朝日新聞社・外観

◯会議室

雑誌『AERA』の取材を受ける向井。
インタビュアー「“令和のラジオスター”との呼び声高い向井さんですが、ラジオ番組を作り上げていくうえで、ここだけは譲れないというところはありますか?」
向井「やっぱり、気遣いですかね。ラジオっていうのは、喋っているのは僕一人でも、その裏には作家さんやディレクターさんがいて、そして何より、番組を支えてくれるリスナーがいる。リスナーがいなければ、僕はただ電波に音を乗せるだけの人間になってしまいますから。リスナーあってのパーソナリティなんです。僕はよく、『カフはリスナーと僕とを繋ぐ扉のドアノブだ』っていう話をするんですけど、カフを上げれば僕とリスナーはどれだけ離れていても一緒になれるんです。だから、リスナーのみんなにはいつでも正直でいないといけないな、と思いますね。」

◯CBCラジオ東京支社・外観(夜)

◯CBCラジオ東京支社・ロビー

タクシーから降り、ツカツカとロビーを歩く向井。先ほどの取材で見せていた笑顔はない。

◯CBCラジオ・ラジオブース

椅子に座り、深刻そうな顔で向井を待つ作家、野方。
ブースのドアが開き、向井が姿を現す。
野方「向井さんっ……」
向井「完成した? 今日のエピソードトーク。」
野方「ですから、さきほどもお伝えした通り……」
向井「完成した? 完成してない? どっち?」
野方「一応、書きましたけど……。向井さん、もうこんなのやめましょう。」
向井「なんで? 野方くんがエピソードトークを書いて、俺がラジオで喋る。このやり方で何年もやってきたじゃない。」
野方「僕はもう、リスナーに対して嘘をつくのはこりごりなんです!」
向井、目の色が変わる。
向井「じゃあ、どうするの? 作家なんて、代わりはいくらでもいるんだよ。」
野方「向井さんがそう言うなら、僕、この番組の作家辞めます。辞めて、この事実を週刊誌にリークします」
野方、カバンに書類をしまい始め、ブースから出ていく準備をする。
向井、机の上に置いてあったカフを咄嗟に掴み、野方の後頭部を殴打。
野方、倒れる。野方が持っていた書類に血が飛び散る。

向井、焦る。
向井「野方くん、野方!!」
野方を揺するが、反応がない。
向井、野方の死体を持ち上げ、後頭部を机の角になすりつける。
ブースの隅にあった脚立と新品の蛍光灯を死体の傍らに置き、天井の蛍光灯を外し、机の上に置く。
ハンカチでカフ全体を丁寧に拭い、元あった場所に戻す。
野方が持っていた書類の束から、エピソードトークの台本と、血がついた一枚の書類を抜き取り、散らばった書類を野方の鞄にしまう。
向井、「悪い」と死体に言い残し、その場を去った。

◯CBCラジオ東京支社・外観(夜)

複数台のパトカーが停まっている。

◯CBCラジオ東京支社・ロビー

古畑と今泉が歩いている
今泉「古畑さぁん! ここ、CBCラジオですよ! 初めて中入りました!」
古畑「あら、君、CCBラジオのこと知ってるの?」
今泉「CBCですよ!! もちろん知ってますよ! あの向井さんがCBCでラジオやってるんですからぁ!」
古畑「向井って、君が好きな芸人?」
今泉「そうですよ! 今日の10時から向井さんの生放送があるんですよ! 絶対リアタイしたいので、古畑さん、それまでにチャチャっと解決してくださいよ!」

◯CBCラジオ・ラジオブース

今泉「うわぁ、すっげえ。ここがあのスタジオかぁ。」
西園寺「古畑さん、お待ちしておりました。」
古畑「情報教えて。」
西園寺「はい。亡くなったのは、『#むかいの喋り方』で作家をしている、野方さん、28歳。ブース内の蛍光灯の交換をしようとしたところ、脚立から転落して机に頭を打ち、死亡したものと見られます。」
今泉「(口を押さえて)野方さんだ……!」
古畑「ふーん。西園寺くんは、これ、事故だと思う?」
西園寺「はい。いちおう他殺の可能性も視野には入れましたが、この部屋の中で凶器となりそうな物からは指紋が検出されませんでしたし、状況を見るに事故死の線が濃厚かと。」
古畑「うーん……。この人はいつバランスを崩したんだろうね」
西園寺「死亡推定時刻は20時前後と見られています。」
古畑「そうじゃなくて。この人は蛍光灯を取り替えるどのタイミングで足を踏み外したんだと思う?
今泉「脚立の上で手を伸ばして、蛍光灯を外した拍子にバランスを崩したとか」
古畑「それなら落ちた拍子に蛍光灯も床に落ちて割れるはずじゃない。どうして蛍光灯が無傷で、丁寧に机の上に置いてあるんだろうね。外した蛍光灯を丁寧に机の上に置いてから足を滑らせたの?」
西園寺「たしかに……。新しい蛍光灯も箱から取り出されていない状態ですし、新しい蛍光灯をはめるタイミングで足を踏み外したとも考えにくいですね。」
古畑「……あれは何?(カフを指差す)」
今泉「古畑さん知らないんですか? あれは、リスナーと向井さんを繋ぐ扉のドアノブですよ!」
西園寺「カフです。あのレバーを上げ下げすることで、パーソナリティの声が電波に乗る乗らないをスイッチングすることができます。鑑識に調べさせましたが、指紋は検出されませんでした。」
古畑「ふーん。……この番組のパーソナリティと会わせてくれる?」
西園寺「はい。向井さんなら楽屋にいらっしゃいます。」
今泉「あ! やっぱり古畑さんも向井さんに興味津々じゃないですかぁ!」
古畑、今泉の額をピシャリ。
古畑「バカ。聞き込みだよ。私はね、君と違ってミーハーじゃないの。」
西園寺「楽屋までご案内します。」

◯楽屋

ソファに座り、エピソードトークの台本を音読して暗記している向井。
向井、目を瞑って
「えーっと、『最近新しいイヤホンを買ったんですよ。これがノイズキャンセリングイヤホンで』……えーっと、なんだっけ。(台本を見る)ああそうだ。『これを耳にはめて映画観たら、もうね、音響が隅々まで聴こえるんですよ!』……っと。」
ぶつぶつと台本を暗記する向井。
ドアをノックする音にビクッと反応し、慌てて台本を隠す。
向井「どうぞ」
西園寺、ドアを開け、警察手帳を見せる。
向井、一瞬顔が曇る。
西園寺「失礼します。警視庁の西園寺と申します。こちらが捜査一課警部補の古畑と、今泉です。」
古畑「どうも」
今泉「(目を輝かせる)ファ、ファンですう!」
古畑「バカお前。すいません、彼、向井さんの大ファンのようで、さっきからずっと興奮しちゃって。」
向井「もしかして、お昼に日テレにいらっしゃいました? 途中でスタッフに追い出されてましたよね?」
古畑「あっははは、お恥ずかしい、見られてましたか。この今泉が放送中に騒いじゃってね、しょうがないもんだからすぐ退出したんです。謝りなさい今泉くん。」
今泉「古畑さぁん!!」
向井「あはは。それは残念ですね。もしよければ、また観覧に招待しましょうか?」
今泉「え、いいんですかぁ?!」
古畑「あー……、お気遣いなく。」
今泉「古畑さぁん!」
向井「あはは。お二人、すごく仲良しなんですね」
古畑「いえいえそんな」
今泉「向井さんと、ショートケーキムーンの短田さんくらい仲良しです!」
向井「すごく僕のことよく知ってくれてますね。」
今泉「もちろんですっ! ラジオ毎週聴いてます! 毎週メール送ってるのに一回も採用されないですけど!」
古畑「君のメールがよっぽどつまらないんだろうね」
今泉「そんなことないですよぉ! 毎週『お尻ぷりぷり〜!』とか『炒飯パラパラ!』って送ってますよ! 向井さぁん、どうしたら採用されますかね?」
向井「(苦笑い)うーん、やっぱり、聴いた人が楽しい気持ちになるようなメールを書くのがコツかな。」
向井、西園寺を一瞥する
向井「あ、それ!」
西園寺、スマホを見せる
西園寺「はい、実は僕もむかしゃべで採用されたことがあって、そのときに貰ったステッカーをスマホに貼ってるんです」
向井「すごい! ラジオネームはなんですか?」
西園寺「お恥ずかしいですが……ラジオネーム・フラワー電車です」
向井「フラワー電車だ! すげぇ!」
今泉、唇を噛んで西園寺を睨みつける
向井「……で、警察のみなさん、何かあったんですか?」
古畑「ああ、失礼しました。先ほど、野方さんがラジオブースでお亡くなりになりまして……」
向井「え!? 野方くんが?」
古畑「ご存じなかったですか?」
向井「いや、はい……。やけに廊下が騒がしいなとは思ってましたけど……。」
古畑「残念ながら後頭部からの大量出血で亡くなったようです。」
向井「後頭部……。どこにぶつけたんですか?」
古畑、向井の目をチラッと見る。
古畑「……現場の状況を見るに、おそらく蛍光灯の取り替え作業中に脚立から落ちて、机に角にガツンと。」
向井「そうなんですか……。」
古畑「お悔やみ申し上げます。」
西園寺「大変なところ心苦しいのですが、向井さんが野方さんと最後に会ったのはいつでしょうか?」
向井「2週間前の火曜です。」
古畑「その日以来、野方さんと連絡も取っていない?」
向井「取ってないです。もしかして僕を疑ってるんですか? 野方くんは事故で亡くなったんですよね?」
古畑「形式的なものなので、お気に障ったら申し訳ありません」
向井「そういうことなら、僕は今日の放送の準備があるので、一人にしていただけますか?」
古畑「放送? 今日も放送されるんですか?」
向井「当然です。毎週のリスナーの楽しみを失くすわけにはいかないんです。」
今泉「さすが向井さんだなぁ……!」
古畑「わかりました。失礼します。」
楽屋を去る3人。扉が閉まると、ふーっと大きく深呼吸し、ソファに深く座り直す向井。手元には、血痕がついた一枚の紙。

◯CBCラジオ・ラジオブース

時計の針は10時を回っている。しかし向井はカフを上げない。

◯楽屋

ソファに座る古畑、今泉、西園寺。
今泉「ちょっとくらいブースを見学させてもらったっていいじゃないか! 向井さんのケチ!」
西園寺「向井さんは、スタジオに一人でも知らない人がいると集中できないから、ディレクターと作家以外はスタジオに入れないんです。よくラジオでそう言ってますけど、ちゃんと聴いてますか?」
今泉、西園寺をキッと睨みつける。
古畑、時計の針が10時になったことを確認する。
古畑「西園寺くん、ラジオつけて。」
西園寺、radikoを開き、エリアフリーでCBCラジオをクリックする。
スマホから聴こえるのは、野球中継の実況。
野球中継の実況「中日、高橋宏斗が再び巨人の打線を封じました。今日は投手戦の様相を呈しています。」
古畑「なんだ、始まらないじゃないか。」
西園寺「中日の試合が長引いているようですね。この試合展開だと、むかしゃべが始まるのは10時30分頃だと思います」
今泉「(貧乏ゆすりして腕時計を見ながら)もう、待ちきれないよっ!! 中日、さっさとエラーして負けろ!」

◯CBCラジオ・ラジオブース

時計の針が10時15分を指す。
8留D「あと15分で始めましょう。」
向井「わかりました。」
8留D「向井さん、冷静ですね」
向井「こんなときこそ冷静に。リスナーを楽しませることに集中したいんです。」
8留D「さすがです。」
8留D、向井の鞄の中に入っていた一枚の紙を見る。
8留D「あれ、向井さんにキューシート渡してましたっけ?」
向井、慌てて鞄を隠す。
向井「は、はい。やだなあ8留さん、さっき貰ったじゃないですか!」
8留D「そうでしたっけ。僕、最近記憶力がね……。じゃあ、頑張って今日乗りきましょう。」
8留D、ブースの外へ出て行く。
向井、深呼吸。

◯楽屋

固唾を飲んで放送開始を待つ3人。

◯CBCラジオ・ラジオブース

時計の針が10時30分を指す。
向井、カフをおもむろに上げる。
向井「さぁ、時刻は10時半になりました! チュウモリ火曜日『#むかいの喋り方』、パンサーの向井慧です! 今日は野方くんが、持病の包茎が疼くということで、ブースには僕一人ですが、今日も通常放送、メールはブースの外で8留Dが選んでくれるので、みなさんどしどしメールを送ってきてください。」

◯楽屋

ラジオの音声が流れる。
古畑「野方さんには一切触れない気だね」
西園寺「そのようですね」

◯CBCラジオ・ラジオブース

時計の針が10時50分を指す。
向井「タクシーの中で『ブルー・バレンタイン』観てたら、ボロボロ泣いちゃって。そしたらドライバーの方がギョッとした顔でミラー越しに僕のこと見てたんですよ!」
8留D「(ブースの外からイヤホンで)向井さん、向井さん! もう曲行かないとヤバいです!」
向井「(驚いた表情)……すいません曲行きます! 椎名林檎で、『幸福論』!」
向井、慌ててカフを下げ、ヘッドホンを外す。
向井、焦る
向井、一点を見つめ、ため息。

◯楽屋

向井が変なタイミングで曲に行く音声が流れる。
ラジオからは、椎名林檎の『幸福論』ではなく、荒井由美の『ルージュの伝言』が流れている。
今泉「向井さんにしては珍しいミスだなあ。タイミングがぐちゃぐちゃだし、曲名もぜんぜん違うよ。やっぱり野方さんの件が堪えてるんだよ」
西園寺「そうですね」
古畑、怪しむ表情。西園寺に耳打ちして何かを指示する。

◯CBCラジオ・ラジオブース

時計の針は11時を指している
向井、ヘッドホンをつけ、カフを上げる
向井「時刻は11時台になりました。先ほどはお聞き苦しいトークになってしまいましたが、気を取り直してリアクションメールでも読みますか。」
8留Dブースに入ってきて、向井にメールの束を渡す。
向井、驚いた表情。深呼吸してメールを読む。
向井「ラジオネーム、フラワー電車。『ろくに曲もかけれないのろまの向井さん、こんばんは。ポンコツの向井さんが同じミスをしないように、あらかじめ2曲目にかける曲を宣言してからトークするのがいいと思います。』……うるせえ。」
向井、キューシートを一瞥する。
向井「2曲目は……えーっと、『ルージュの伝言』をかけます。これで満足か、フラワー電車!」

◯楽屋

今泉「フラワー電車?! 西園寺くん、仕事中だってのに、呑気にリアクションメール採用されてる場合かよ!」
西園寺「古畑さんに、メールを送れと指示されました。」
今泉「どういうことですか、古畑さん!」
古畑「シッ。」
ラジオの中の向井「2曲目は……えーっと、『ルージュの伝言』をかけます。これで満足か、フラワー電車!」
今泉「ラジオネーム呼ばれてんじゃん! 羨ましいなぁ」
西園寺「向井さん、2曲目もルージュの伝言をかけるつもりなんでしょうか? これはおかしいですね。」
古畑「おかしいね。」
西園寺「そもそも、11時台の最初に流す曲は、毎月CBCラジオの編成が決めていて、今月の曲はi⭐︎risの『愛 for you!』のはずですが……。」
古畑「彼、落ちたね。」
今泉「ど、どういうことですか古畑さん! 向井さんが野方さんを殺したっていうんですか?!」
暗転し、古畑にスポットライトが当たる。古畑はソファから立ち上がり、カメラに語りかける。

えー、今回の犯人は、彼で間違いないようです。
彼はいま、何万人ものリスナーの前で、犯行を自白しました。
事件のキューは……高橋宏斗です。
古畑任三郎でした。


◯CBCラジオ・ラジオブース

時計の針は0時を指している。
向井「それでは今週はここまで! ここまでのお相手は、パンサーの向井慧でした! 今日も一日がんばろー!」
カフを下げ、ヘッドホンを外し、ひと息つく向井。
ブースの中に8留Dが入ってくる。
8留D「向井さん、お疲れ様でした。曲振りを間違えたときは不安でしたけど、さすが向井さん、乗り切りましたね。」
向井「いやぁ、疲れたよ。8留さんも、リアクションメール選ぶの大変だったでしょう?」
8留D「はい。不慣れで、全部に目を通せなかったので、常連のハガキ職人からのメールだけ優先して選びました。」
向井「あはは。8留さんは作家としては失格だね。」
ブースの扉が開く。古畑たちが入ってくる。
古畑「お疲れ様でした〜。見事な放送でした。口が達者ですねえ。私もファンになりました。」
向井「ありがとうございます。ぜひ来週も聴いてくださいね。」
古畑「んふ〜。来週があれば、の話ですが」
向井、眉を顰める
向井「どういう意味ですか? くだらない話ならやめてください。僕、明日も朝早いので帰ります。」
古畑「それでは、単刀直入にお話します。野方さんは、何者かに殺されました。」
向井「古畑さん、あなたは警察だから、手柄欲しさに犯人探しごっこをしたいのかもしれないけどね、野方くんは事故死なんでしょ?」
古畑「んふ〜。犯人探しごっこではありません。まず不可解なのが、この部屋にあったカフです。」
向井「カフ? カフがどうかしたんですか?」
古畑「指紋がついていなかったんです。」
向井「(ふふっと笑い飛ばす)じゃあいいじゃないですか。野方くんがそれで殴られた可能性は消えるわけでしょう?」
古畑「野方さんがカフで殴られたとは一言も言ってませんが……?」
向井「……たとえばの話ですよ」
古畑「おかしいと思いませんか? カフはパーソナリティが放送中に何回も触れるものなんです。それに指紋がひとつもついていないんです! これは何かを疑わざるを得ません。」
向井「そんなの、誰かが殺菌のために拭いたんじゃないんですか?」
古畑「たしかに、その可能性もあります。」
向井「(苦笑い)ほら。もう帰っていいですか?」
古畑「あともうひとつ。西園寺くん。」
西園寺「はい。」
西園寺、ブースの電気を消し、机に登り、蛍光灯を差し替える。
向井「何してんだよ?」
古畑「今泉くん、点けて。」
今泉、部屋の電気のスイッチを押す。
ブースが明るくなる。
向井「……。」
古畑「いま、野方さんが取り外した蛍光灯を取り付けました。何かお気づきですか?」
8留D「蛍光灯が切れてない……。」
古畑「野方さんは、どうして切れていない蛍光灯を、わざわざ取り替えようとしたんでしょうか? それから……。」
向井「なんだよ?」
古畑「向井さん、あなた、お昼の生放送の直前、どなたと電話していたんですか?」
向井「どういうことですか?」
古畑「あなたのマネージャーに確認したんですが、TBSに向井さんが忘れ物をしていたので電話したが、繋がらなかったと。」
向井「ああ、それはさっきラジオでも喋りましたけど、タクシーの中で映画を見てて、それが良いシーンだったから着信拒否しちゃったんですよ。マネージャーには悪いことしたなぁ。」
古畑「忘れ物はイヤホンだったそうですが?」
向井「……!」
古畑「イヤホン無しでタクシーの中で映画を?」
向井「……。」
古畑「そして決定的な証拠を、あなたは生放送中に自白しました。あなたはフラワー電車からのメールに対して、『2曲目にかける曲はルージュの伝言だ』とおっしゃった。しかし実際には今日の2曲目はi⭐︎risの『愛 for you!』でした。」
向井「野方くんのことで動揺して間違えただけですよ……」
古畑「んふー。違います。向井さんは、間違ったキューシートを持っていたんです。」
向井「……!」
古畑「8留さん、あなたにお尋ねします。今日のキューシートは普段の放送と同じキューシートでしたか?」
8留D「いえ、野球中継が30分以上延長した場合は、通常とは別のバージョンのキューシートを作ります。今日の中日は投手戦で、試合がかなり長引いたので、新しいキューシートを作り直しました。」
古畑「この番組のヘビーリスナーの今泉くんが言っていました。放送時間が短縮されると、普段は一回の放送で曲が5曲流れるのが、野球中継が長引くと1曲削られるそうですね。しかし今日の向井さんは、通常放送版のキューシートを見ていた。普段は作家の野方さんがキューシートを見て番組を進めているので、あなたは野球中継の延長によってキューシートが変わることを知らなかった。そして野球中継が長引いていなければ一曲目に流すはずだった椎名林檎の曲のタイトルを言ってしまった。違いますか?」
向井「……。」
古畑「キューシートを見せてください。」
8留D「(動揺しながら)向井、俺はお前を信じてる。古畑さんに見せてやれ」
向井、目に涙を浮かべながら、キューシートを机の上に置く。
そこには一滴の血痕が染みついていた。
古畑「残念ですが、これが答えです。」
今泉、西園寺、8留D、ショックを隠し切れない表情。
古畑「お察しします。」
向井「あはは。あっという間でしたね。」
古畑「……。」
向井「最後の生放送、楽しかったです。欲を言えば、2時間やりたかったな。高橋宏斗があんなに抑えなければ。」
ラジオブースを去る向井。
最後に古畑だけが残され、エンドロールが流れる。

『VSラジオ王』完


クレジット

本記事を投稿するにあたって、以下を参考にしました。
[1]「古畑任三郎vs霜降り明星」の脚本を全部書く
[2]ドラマをつくる
[3]古畑任三郎事件ファイル


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