詩集「快楽天使」(抄)


逃亡旗手

先天性虚言症集団の僕ら
「リズム・オブ・プランクトン」の最初で最後の仕事は
歴史上もっとも異質で芸術的な事件になってしまった
――しかし僕らが常々求めていたのは
  アートではなく単なる消費だった――

物語の始まりは
国家中枢機関「マッシュルーム11」の
複雑極まりない怪奇システムを
限りなく原始的な手段で切り抜いたことからである
使用したのは工作用のステンレス製ハサミ一本
数分で完遂できるほどの簡単な作業だった

動力源を失って完全に停止した街では
次々と変化が始まった
乱立するオフィス・ビルはプリン状に
電話ボックスがさらに電話ボックスを産み
アスファルトからは無数のヒマワリが増殖していく
壮観じゃないか
――僕らのリーダーでもあり預言者でもある「ミスターQP」は
  早速フィルムの入っていないカメラで撮影に入りだした――

もう時間切れだ
  もう時間切れだ

ここからは慎重に行動しなければならない
というのも騒ぎを嗅ぎつけた「妄想バタフライ」の連中が
金と権力にモノを言わせて
ありとあらゆるネットワークを遮断し
僕らを追跡してくるに違いないからだ

集合場所である「ピラミッド島」には
既に5千万ほどの民衆が待機していた
僕らがグライダーから飛び降りると歓声が上がったが
すぐに静寂に包まれた
誰もが恐れているのだ
誰もが

不安げに視線を注ぐ彼らには
何か意味のある言葉を投げかけなければならないのであろう
既にラジオのニュースでは
大規模な情報操作が行われているのだから
僕らのカリスマでもあり予言者でもある「ミスターQP」は
おもむろに拡声器を取り出して高らかに宣言した

さあ天国へ行くぞ

――いつもの嘘だとみんなは笑ったが
  まんざら嘘ではないらしい――


昭和残響詩

指 切り抜いた軍人が
煤けた肌に塗る鯨油
縮れた鉄線 廃工場で
焼けた赤犬 影を踏む

小振りの馬鈴薯 煮る母は
潰れた柘榴の片目から
幸せそうな微笑を漏らし
羽虫のような光に混ざる

蓮華畑の阿呆鳥
カタカタ カタカタ 鳴いている
黒い鉄塔 夕陽を刺した
薄い布団を汚すだけ

もう帰らない
もう帰らない
溝板 渡る幼子の
哀しい響きが消えていく


呼吸

00:00

スタート

00:01

外部からの圧力 というより
内部からの膨張 小さく揺れ
ああ これが「死」なのか
ああ これが

00:05

いわゆる走馬灯のようなものが
巡る 脳を 巡る の
真昼の下り坂

白い舌の
赤い爪の
ヒキガエルの はらわた 喰らう
取れなくなる錆の味
アイツだ アイツだ
ママと同じ顔をしたアイツだ
カッターナイフ型のリモコンで
操ろうとしているんだ
しかし ボクはもう
もう

00:17

落下する感覚は不思議な不思議な逆説で
重力と身体は全く逆のベクトルを描き
分解されていく
転がっている○○○と
浮き上がった●●●に
ほら
ゆっくりと
分  解 さ
  れて  イ
                く

00:27

スピードを逸した浮遊体は
無数の眼球を地面に向ける
瞳孔は無限に開かれ
やがて全身を包み込んでいくのだろう
だが
時間は
無機質な
メトロノームにもならない

簡単な例をあげよう
ボクは今 呼吸をしている
呼吸というものは人間にとって
最も単純な作業である
息を吸って息を吐いて
息を吸って息を吐いて
息を吸って吸って吸って
息を吐いて吐いて吐いて
息を吸って 息を吐いて
息を吸って 息を吐いて

このリズムだ

もうすぐボクは
人間にとって最も単純な作業であるはずの呼吸というものを
放棄しなければならないのであって
つまりボクは
人間にとって最も単純な作業であるはずの呼吸というものを
放棄しなければならないのである

00:55

あと5秒

01:00

終了


あの幻影の中の幽霊


右に
傾いて
安定せず
よろめいて
箱庭の片隅で
一筋の濁った夢
あるいは妖艶な爪
感じ合う二人の側で
幽霊が笑っているんだ
仕舞い忘れた毛布の中に
時期外れの扇風機の羽さえ
残骸のような有り様で絡んで
ギザギザの触手を伸ばしている
まるで関せずただ貪っているのは
欲望の歯車が止まらないからである
意識の排泄を止められないからである
浮かんだり消えたりしながら唇を舐めて
歪んだり翻ったりしながら狂気を注ぐので
世界が灰色に見える病に取り憑かれてしまう
描いた幻影から逃げられないので疲れてしまう
もうすぐテレビでまた悲惨な戦争映画が始まるよ
幽霊は小声で何か呟いて吐き出した煙に遂に紛れた


眼球と夜

眼球のようなものが
手の平に乗っている
知らない間に
なぜか
手の平に乗っている
なぜか
知らない間に
乗っているのだ
眼球のようなものが
手の平に

窓ガラスを叩きつける雨の隙間から濁った半月が見え隠れしていて三日前に近所のコンビニで読んだ週刊誌のグラビアに載っていた蛇のような顔の女の形の悪い乳房やまだ幼い頃に一度だけ親父に殴られて鼻の骨が折れる瞬間に聞こえた奇妙な破裂音のことや一年前に当時付き合っていた有名な建築家の娘に連れられて行った美術館に飾られた名前も知らない画家の絵に描かれたグロテスクな人魚のことを思い出してしまい強迫観念というか衝動というかある種の歪んだモチベーションが脳内を駆け巡ろうとしている前兆のように耳の裏側で誰かがひそひそと囁いているのでオレはとうとう狂ってしまったのかとどうしようもない焦燥を感じてしまい手の平を転がる眼球のようなものはもしかすると幻覚なのかも知れないと考えて隣りで寝息を立てている金属質な喘ぎ声を上げながら腰を振るしか能のない厚化粧のオンナの眼球を抉り出して今オレの手の平に乗っている眼球のようなものと照らし合わせてみればこれが眼球なのか眼球以外の何かなのかあるいはただの幻覚なのかがはっきりすることだろうと思ってテーブルの上に置いてあったスプーンで(これは昨日の夜にそのオンナが冷蔵庫の中を勝手に漁って作った不味いオムライスを無理やり食べさせられたスプーンだったので赤い鮮血のようなケチャップがこびり付いていた)オンナの眼球を抉り取ってみようと考えていたのだが突然オンナが目を覚まし唇を重ねようとするのでオレ自身何を目的としているのかがよくわからなくなりそうだったのでここは感情を押し殺してひとまず眼球のことに集中しようと考えたのだが微妙な表情の変化を敏感に感じ取ったオンナは少し後退りをし仕方なくオレが押さえつけようとすると激しく抵抗を始めたので持っていたスプーンを思わず窓の外に放り投げてオンナの首を締め上げてしまったのだが偶然にもその時オンナの眼球がポロッと飛び出してくれたので余計な手間が省けたと一安心していたら窓の外に放り投げてしまったあのスプーンが通りを歩いていたヤクザ風の男(今時田舎のガラの悪い定時制高校でしか流行らないような変な髪型でなおかつ派手なスーツを着ていたのでそう判断しただけだが)の頭に運悪く当たってしまったようで傘もささずに雨に濡れた男が何しやがるんだ馬鹿野郎とわめき始め今にも部屋の中に押し入ってきそうな剣幕を見せたのでオレは無意識的に冷たくなってしまったオンナの身体を男の頭に当たるように放り投げてやったら男は最初何が落ちてきたのかわからなくてさっきと同じように罵声を浴びせようと口を開いたが地面に横たわるオンナの死体に気付き叫び声を上げて逃げて行ったのでオレは改めてオンナの眼球と手の平に乗っている眼球のようなものを落ち着いて見比べようと思い右手にオンナの眼球を乗せ左手に眼球のようなものを乗せまじまじと観察してみたがまるで区別がつかないのでオンナの眼球と眼球のようなものを同時にガスライターで炙ってみたら眼球のようなものの方は溶けてなくなってしまった

夜明けだ


既視白夢(8と½の女たち)

5分前
古いアパートの階段
一緒に死んで下さい
もちろん愛してるよ
それから2年後の真夏日
従順なダッチワイフの首筋
私はセックスだけでいいのよ
僕もゴミ箱だけで充分だ
胎児の記憶
給水タンク
生まれてこないで
恥辱に塗れた顔が見たいんだ
暗転
灰皿の底
軽い女だと思ってるでしょ?
まさか空洞だなんて思っていないだろ?
再び5分前
再び古いアパートの階段
キス
キス
キス
恐怖だ
寄生虫の映像に溺れた夜
歩道橋の手すり
もう嘘はつかないと誓って
また地獄に落とすつもりかな
現在
ハウリングが踊る部屋
あなたを幸せにしたいと思ってるの
ああ幸せだよ


銀蟲の宴

淫靡な音を誘う皺の
中心から食み出た肉は
しなやかに濡れて
枕元に置いた文字と
同化する

点点点
いや 女の形を真似た模様だ

あばらを滑る偏愛を
醜い小指で突き刺した
象徴は水
少しだけ喉を通る

錠剤は好き好きに
食欲のそそる機械で砕いて
味気ない日常は
わずかな比喩で
踝の辺りが震動する

それで気持ちいいかと問われれば
全くですねと答え

薄い壁の向こう側では
同じ非人間の同じ非行為
右と左を二重に捉え
いつもの儀式を忘れているが
こちらは構わず始めようか
あるいは世界を終えようか

銀色の蟲が
揺れる耳の奥で騒ぐのを
見た


言葉なき世界の言葉

私は箱であり
私は濁流であり
私は透明な球体の側面であった

難解な言い回しで
世界は非世界へと変貌する
人間は非人間へと墜落する

灰色の全能者よ
私を責めないでくれ
錯視と幻聴の罪深きアナロジーに
私を投げ込まないでくれ

比喩的な絶望 と
現実的な現実 と
エーテルに浸る肉塊の放射線
あるいは言葉

何処かに正確な物質がある
薄い皮膜に覆われているだけで
何処かに正確な物質はある
必ず 何処かに
必ず 何処かに

私は釘であり
私は雑音であり
私は卵巣を象ったオブジェであった

私は私であり
私は世界であり
私は言葉なき言葉の落伍者であった


アルビノ

透明な粉雪の肌と
赤く充血した瞳だけが
彼女を現実に繋ぎ止める
唯一の理由であった

メスカリンを噛み砕いて
濡れた小さな乳房を揺らす
泡沫の冷たい雫を
乾いた舌先で受け止めた

マリア・カラスの歌声も
ヴェルレーヌの叙情詩も
重力に押し潰されて
ゴミ箱に消えた


快楽天使

白血球とアボガドを
ミキサーにかけて
一万円札と夜光虫を
細かく刻んで

笑う

アルミニウムと金木犀を
殴りつけて
プランクトンとビデオデッキを
放り投げて

笑う

レモンパイとピラミッドを
塗り分けて
電気ウナギと塩化ビニールを
きつく縛って

笑う

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