詩集「沈黙」(選)


殲滅のシ

これは詩ではない
さあ否定しろ

月食の二時だった
俺は商店街にて猫を撃ち
僕は自宅で母親を刺した
大きく裂けた腹から美しい臓物が
一つ、二つと零れ落ち
掌の上でいじらしく輝いて
死のイメエジを具現化させる
俺はあと七匹の猫を殺し
僕は十四人目の母親を抱いた
ビラビラが赤く濡れている
その傍らにはリアル
色褪せた私のリアル
精肉屋と文具屋に挟まれた路地裏で
女の肢体が放置されたまま
ゆっくりと腐乱していく
似たような映画を観たような気がした
俺は思い出そうとして
僕は知らないふりをした
月食がじわじわと終わろうとして
世界が再び取り戻されようとして
何もかもが嘘のヴェールに覆われて
誰も彼もが感情をゲロのように吐き出して
ふざけた文字列が蔓延する
子供の頃に貰った古い水槽と
奇形の金魚を飼う夢
俺は商店街にてサーモスタットを買い
僕は自宅にて十五人目の母親の口内に射精した
月の輪郭はまだ不安定だ
私は全てのものに「シ」という名前を与え
世界から真っ先に飛び降りた


残像パレィド

油蝉が飛び散る熱い午後
白狐の楽隊が騒がしく通りすがる
突風は円環を描いて椿の花弁に止まり
軒先に垂れた氷柱は斑に影落とす

揺らめく陽炎の向こう側で
あの日消えた少女の背中が乱反射
赤鬼の啼き声に老人たちは夢想い
虚空を染める鳶の群れは今も昔も

砂煙に紛れて陰気な寸劇が始まる
蝸牛に焦れて因果は分裂し交わる

幻覚ではないが不確かな輪郭で
痩せた電柱が羅列される(点・点・点)
毬つく稚児の歯が欠ける(転・転・転)
逆光に裏返る闇の中では一人きり

喪失を予感した視線がすり抜け
永遠は静寂を取り残すばかり
舞い落ちた紙吹雪は美しくも寂しく
置き忘れた足跡と渇いた涙

嘘吐きな僕は
すっかり大人になってしまったのだ


特別な色のない 夜が
   麗らかに 舞っている
    二つの 肺は
   非対称を 否定するように
    静かに 揺らぐ
これは流線形の パラドックス
  恥じらいは 甘い息
 幾何学に酔う 身体
     その 悦

超現実の対話は 徒労であろうか
 まさか骨肉が 震えるのであろうか
    互いの 認識は
擦れ違うばかり か
   不気味に 絡み合う
 繰れる物質の 氾濫
   何処かで 見たはずの
     幻覚 いや
     収縮 穴ばかりが闇に
    浮かぶ 昨日も同じ
   ところで どの部分が歪んでいるのか

     神は 笑う
  突き刺した 痕や
    美しい 痣は
    僅かな 誤差であると

      男 本当に?
      女 嘘に決まってるじゃない

下らない遊戯の 下らない策略だ
 何一つとして 完全な筋書きなどなく
   あらゆる 手段で
     愛は 終わる
     そう 最も単純な例えで言うなら
  乳房の上を 飛び交う
     黒い 夜のような

      蝶 だ


折鶴

その絶頂の夏に
僕の愛しい人が死んで
世界が緩やかに
燃え上がった

細長い煙突から真っ黒な煙が
まるで魂の汚れた部分を
後から天に送り返すかのようで
僕は失望に似た感情を抱いた
ああ、そうか
誰も美しい心など持ち得ぬのだ、と

焼かれた骨々
ほろほろ崩れ
石積みの女の
背に吠え

汚れた魂を纏ったままの
まだ、生きている僕らにとって
暑すぎる空の表面に
彼女の残滓が霞のようになって
見えなくなるまで
追いかけようかと
うそぶいて

幾千もの折鶴の群れが
甲高い鳴き声をあげて
僕は思わず涙を
飲み込んだ
ようで

その絶頂の夏に
僕の愛しい人が死んで
世界が緩やかに
燃え上がった


自殺のエクリチュール

あなたの文学的な自殺の背景には
高尚なる倒錯が存在しているのであろうか

【 自殺のエクリチュール 】

私はラジオから流れる現代的な言語に当惑し
突き抜ける青い空に隷属する世界の反対側で
ひっそりと死のパラダイムを構築した
また それらを糾弾することにも成功した 

「アヴァンギャルドな週末を生き残るのは非常に難しい」

地下鉄で迷い人は白熱し 発狂し
恐怖とメランコリーしか持ち得ない人生を嘆いている
背中を押すのは私によく似た亡霊の透明な腕
つまり 私自身ではない

そうして分割された肉体美は
論理的解釈を拒むドキュメンタリーと化すだろう
多くの人々はすんなりと直線を通過し
いくつかの希望を忘れていくというのが本来のルールだ

連続を支配する魔神の掌の上では
実存も虚無も同様の扱いを受けているのだ

それでも

あなたの文学的な自殺の背景には
高尚なる倒錯が存在しているのであろうか


インアウト・インアウト

あの日
ただ淫靡な
私達の対幻想は
濡れたシーツに潜み
爪痕の境界線が
愛憎を描く
実際は
空虚な反復
永遠という名の
インモラルなアート
入れて出しての
欲深き躰は
逆回転
欲深き躰は
入れて出しての
インモラルなアート
永遠という名の
空虚な反復
実際は
愛憎を描く
爪痕の境界線が
濡れたシーツに潜み
私達の対幻想は
ただ淫靡な
あの日


ニューロマンチッカ

満月の狂わる夜がZ対のキキに酔い
斜罪は倦怠に 秘骸は停滞に 嘆くべきは
完全主義の卑小なプラレタリオ文学と
尖った舌愛のアンドロイドの生殖器

じったりとした瞳の奥で子猫が爬欲を舐めている
傍らにアクアリルの光沢で吊るされた
ゆらめきらめきだ

非常階段で交錯する裏足のイズム
偽無は既に失墜し 熱瓶が額を焼してしまう
誰かの条件付きの喘みが闇の中でうずうずむ
無意識の広ゲルが魂を乱撫してゆく

さよなら 春深き摩弾の日々よ
今はただ貴女のエクスに溺るるのみよ

ちょうど半全身を砕いた蝋炎のジッタで
腹まる二人はいつしか桃惑の世界にひだ走り
あれはアガだ これもアガだと
対象の不未来に妄実する

僕らのニューロマンチッカ


この世界の終わりに

闇深き午前五時のシャングリラ
超能力者の俺は半身のまま
疾走する熱病列車に乗っている
耳の悪い中年男が向かいに座り
しきりに腕時計を確認している
時間はまだ進んでいるか?
世界はまだ生きるに足るか?
名無しの眼鏡の縁には赤十字の刻印が並び
銀色のガラスの点滅が反射している
鼻の奥まで指を突っ込んで
今まさにスイッチを押したようだ
これがテロリズムと呼ばれる彼らなりの戯れだ
ハハ予想通り

それから一時間後の車内
ということは午前六時の世界のエンディング
夜明けとは裏腹の曖昧な境界を生み出し
誰もが輪郭を失ってしまうのだ
取り残された俺の魂だけが
泣いている
のか?

再び時間を戻し
午前五時二十三分の駅前通りにて
偶然すれ違った義理の母親に
あなたは神を信じるが、
神があなたを信じることはない
と焦点の合わない視線を投げかけ
足早にホームセンターの方に駆けていくが
途中の交差点で消滅した
それから彼女には会っていないし
結局何を目的とすれば良いのかわからず
(はずもなく)
(夢は覚めて)

群集は爆発しろ
群集は爆発しろ
群集は爆発しろ
と、思わず俺は言っていた
午前五時に


ダチュラの子

この世で初めてリッケンバッカーが破壊され
先端恐怖症の芸術家「M」の変死が報道され
ドラッグストアの看板に極端な思想が描かれ
白黒の甲虫の羽音が例年より騒がしく聞こえ
哀れな僕達は互いの性器を擦り合わせていた

そうして昭和が殲滅されて彼らの無謀が溢れ
つまらない言葉の氾濫に怯えた詩人が鳴いた
情熱と暴力と鋭角とデジタルとクリトリスが
不確かな輝きを放っているのが見えないのだ
と、思っていたのは意外にも僕だけだったが

現実的な街は分裂病と同様のパラドックスで
ふあんふうんと不穏な色相に翻っているのさ
個と個の接続は共感と拒絶の反復でしかなく
苛立った僕は真っ赤に歪んだ爆弾を投下する
絶望の君に宣言「理由は何でもいいんだよ」

夢から覚めたらまた僕を産み落としておくれ
ダチュラの呪文で孤独な心臓を抉っておくれ
そっと、そっと


三文映画「チルアウト」

ウォーホルを撃った女の表情で
愛について語る君の夜を抱いていた

シーン1
● イレイザーヘッドの白鳥のざわめき
● 水浸しのキッチンで性交する人口知能
● 舗道で祈る宗教家の耳朶の欠陥
● 弱肉強食の最下層でオレ達のメーデー
● サイケデリック兄弟の記念品
● 望郷を示唆する夕焼小焼けの空

シーン2
● インターネットの不自由性(図解)

シーン3
● トリックスターの世紀末発言
● 非常線を横切る発行体
● 義足の雌鶏で埋め尽くされた箱
● グラビアアイドルの破滅的プライベート
● 公衆便所の卑猥な落書きと掃除夫
● 回転式エレクトリックギターを切断
● ミートソースで汚れた彼らの唇
● アジア首脳会議におけるコカコーラの効用
● 歴史に葬られた詩人たちの夢
● 少女の肩に取り憑いた百年の孤独

シーン4~シーン7
※フィルム紛失のため省略

シーン8
● 地方新聞の三面記事(抜粋)
● 精神障害者のためのジョーク
● ヘルタースケルターという名の戦争

エンドロール

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