手と財布の因果

進みはじめてすぐ、車輪が自分から回るようになり、ペダルを漕ぐ力があまり要らなくなったころ、うしろの道路からぺたんと音が聞こえた。

なにか薄っぺらくて柔らかいものがアスファルトに叩きつけられた音だった。だれかなにか落としたかしら。しかし、いま通り過ぎてきた道の、音のしたほうに人影はなかったようにおもう。つまり、自転車を漕ぐぼくがなにかポケットのなかのものを落としたのかもしれなかった。まえに家の鍵を落として、そのまま見つからなかったこともあるくらいですからね。

右後ろをふりかえる。
車道のまんなか、白い破線のうえにいま落ちたばかりのものの動きをしている、ふたつ折りの財布。地面ではずんで一度開いて、また閉じた。僕のではない。

人の往来はなく、ただ家々が並んで、路肩に一台車が停まっているだけの景色のなか、財布だけが今着地したところだった。

本能的にあの財布の離陸点を探してしまう目が見つけたのは、停止した車の運転席の窓から上に向かって曲げられた、運転手の前腕だった。
その指先も、手のひらとのあいだに空間を保ったまま、しぜんに曲げられている。なにか物を投げたあとの余韻がある。

手と財布のあいだに放物線上の残像が見え、垂直に落下する財布のイメージを上書きする。

なるほど、あの音は財布を投げすてた音だったのだ。聞こえてからまだ三秒しか経っていない音の正体に納得し、それから今度はなぜあの手が財布を投げすてるに至ったかについてさまざまな過去を思い浮かべたが、いま見た光景だけを事実として面白がるだけで充分だと気づき、無粋な思索をやめた。

五本指ハムスター✌🏻🐹✌🏻