ひとり Sof

友達と一緒に食べようと思っていたアイスをひとりで食べることになったときのかなしさに似たかなしさが日々の根底にあり、もとから自分のためにしかないものですらそう思うことがある。
この服、
友達と一緒に着たかった。
この部屋、
友達と一緒に住みたかった。
この風邪、
友達と一緒にひきたかった。
この春、
友達と一緒に過ぎたかった。
この私、
友達と一緒に生きたかった。

一緒に食べるとおいしいね。
ほんとにそうだよね。
食べものにかぎったことではない。
見、聞き、香り、触れたすべて、
じぶんだけのものだなんて
とてもかなしい。
一緒に食べるとおいしいのは、
感覚を共有する錯覚のため。
相手が必要な営みは
ほとんどそういうこと。

何度も同じ話をしている。
わたしという存在は他の誰とも
共有できない。
わたしたちはそれぞれ
私としてひとりのわたしを生き、
勝手がってに死んでいく、
それだけは絶対に
分かち合えない孤独なのだ。

求める愛のかたちは心中。
そういうあの子の気持ち
わからないつもりでいた。
言葉に惑わされないように。
心中という語は極限されすぎているが、表面にこびりついて濁る絵の具を水でぼかしてみればじんわりと、その下に引かれたあたたかい血の通った孤独の輪郭線が浮かびあがってくるはずだと私は今になって、理解はできたかどうか知らぬが、少なくとも関心を寄せ、推測する。

二つ買った小さなアイスを
じぶんひとりで食べる。
ふたつともひとりで食べちゃおう。
昨日の夜と今日の夜。
二度おいしいね。
でもそのあとひどく悲しい。
そのかなしさだけ忘れないで。
きっといつか同じ人と巡り合うまで
忘れないでそして生きていて。

五本指ハムスター✌🏻🐹✌🏻