火弁

桜は今。

車から降りると境内では
小さな電灯のあかりで
うっすらと明らかになったこずえの
ほんの一部分の垂れかた。
こぼれそう。
若者の宴を聞く。
ああ、もういるね。

我々はというと真夜中に花見会を開くつもりはなかった。たださくら、なぜかもう見られない予感があった。ひとはいつどうなるかわからない。

一歩一歩のくらさと明るさの交互、厳とした黒い空から落ちてくる花が、いまここで停滞した時間につかまって散ろうとも散れないような濃い満開である。

いましかないのに。
だれかとここを歩く空想をしてやめた。

良縁の仏像を通る。
ついこのあいだ破談したひとりのおあつらえか。たまたま良家に婿にいく話があったのだが、親たちがひとり娘を心配してもうだれでもいいから継ぐものをと、金に困っているこの男を迎えようとしたのである。やはり娘がじぶんの歳を気にしているのですみませんがこの件は、と仲人から言われたのを、この男は正直に信じている。

町を見下ろす石段を試みる。
貫禄のある同僚たちは参道の石段をもう再びは上がれないつもりだったから、ほんの数十段で折り返し、息も絶え絶えに引き返した。

車にもどる。
課長は私たちにやまざきのみたらし団子を一本ずつ配った。すぐに車内灯を消し、
「記憶の桜で花見」
くちゃくちゃと食べた。破断を慰めながら、酒味の缶飲料をのむ。

職場の駐車場まで帰ると、我々は缶の残りを飲み干してくずかごに捨ててしまいたいから、くずかごに向かって歩いては止まって飲み、歩いては止まって飲みする三人の千鳥足。 仰ぐたびに月の残像。

遠く近く消防車の音。
うーうーうーうー
かんかんかん。
どこかしらと言いながら
炭酸と花で燃える胸。
いまはどこにいるのかしら。
帰りはひとり泣く。

五本指ハムスター✌🏻🐹✌🏻