ガラムマサラ師匠

ネパール人らしき人がスパイス売り場にやってきて言った。
「ガラムマサラどこですか」
面白くなってきたじゃねえか。

スパイスの小瓶がたくさん並んでいる棚の前まで来てガラムマサラを探しているということは、日本語で書かれた「ガラムマサラ」が読めないのだ。しかし日本語は上手である。特にガラムマサラの発音などは日本語のガラムマサラなので、私も一度でそれだとわかった。
あと、あなたがたがガラムマサラを探しているとかなり絵になる。

「こちらです」と指す。「はい」と手に取るガラムマサラ。その人はなにか、もともと嫌な感じの人というわけでも、不機嫌というわけでもなさそうだったが、愛想があまりよくなかった。瓶の中の茶色い粉末をいぶかしげにのぞいている……。

いや……愛想が良いとか悪いとかではないぞ、これは……。

此の男……なにか鋭い「気」のようなものを纏っておる。
仕草や語りは悠々としているが瞳に湛えられた冷ややかな光は、ガラムマサラの奥に広がる世界を見ている。「知っている」のだ。
邪魔をしてはいけない。
私はそう思った。そしてできるだけ神妙な面持ちをしようと試みる。

目元だけでほほえみのアピールをすることになんの意味があるというのか。今必要なのは笑顔ではない。
この人が求めているのは上質なスパイスだけだ。馴れ合いなどは捨てなければならない。すべては見透かされている。

「それからもうひとつ」ガラムマサラを買い物かごに落とし、その人は言った。「コリアンダーの葉は、どこ」
私は棚を見ながら聞いていた。ガラムマサラのとなりにはコリアンダーと書かれた瓶がある。しかしこの人が求めているのはコリアンダーの葉である。
少し考えて、コリアンダーの葉のことを日本では主にパクチーと呼んでいることを思い出し、私は野菜売り場に走った。

一束のパクチーを手に師匠のもとに戻り、両手で捧げる。
「こちらです……」
ガラムマサラ師匠はそれを受けとると、やはり静かな眼差しを葉に向ける。茎を手に持ち揺らして、鮮度を確かめる。
「……いくらですか」
「198円でございます」
それから少し間をおいて
「わかりました」師匠は言った。「もうひとつください。どこにありますか」
師匠は目も合わさずに歩き出した。しばらく行って野菜売り場で待つ背中に追いついたとき、私は予想した。
「ご案内します、こちらです」
これから始まるスパイス修行の日々を。

五本指ハムスター✌🏻🐹✌🏻