何も分かっていなかった自分~今でも大切にしているコト
もうずいぶん前のことだ。
札幌市が主催する障害のあるお子さんと通常学級に通うお子さんとの統合キャンプに企画段階から携わっていたことがある。
そのキャンプを実施するにあたって、京都・丹後に視察に行った。
そこには、ボクたちがめざしたい統合キャンプがあり、ボクがめざしたい組織キャンプがあった。感動した。もっと学びたいと思った。
その時できたつながりを伝に、視察が終わって札幌に戻った後、再び、大阪、京都に向かって、自主的に一人で、別のキャンプにスタッフとしてかかわらせてもらった。
かかわらせてもらったキャンプは、成年の障がいのある方がいらっしゃる統合キャンプだった。
ボクが担当した方は、かなり重度の方で、食事の介助が必要な方だった。
夕食の時、ボクは自分が食べることもせずに、介助し続けた。
夜、スタッフミーティングがあった。
ディレクターの方がこうボクに聞いてきた。
「今日の○○さんとの食事はどうでしたか?」
ボクは、自慢げにこう答えた。
「ずっと食事介助をしていました。自分が食べられないほどでした。」
ディレクターの方は続けて、こうボクに返した。
「それはだめですね。たぶんちっともあなたは分かっていないですよ。」
ショックだった。ミーティングでほめられることはあっても、こんなふうに言われるなんて思ってもいなかった。
ボクの人生にとって忘れられない一言になった。
決して大げさに言っているわけじゃない。
ボクにとって、本当に大切な一言になった。
学生時代には、障がいのあるお子さんを自主的に集めて、遊び場を提供するサークルを作り、新聞にも取り上げられたことがある。
養護学校(今の特別支援学校)にも勤務していた。
だけども、ボクは、全然分かっていなかったのだ。
今でも時々思い返す。
「なんにも分かっていなかった自分」のこと。
そして、それは今でも大切にしなければならないこと。
今でも時々思い返す。
「この時の縁をないがしろにしてきた自分」のこと。
そして、それはとても大切なことを零れ落としてきているということ。
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