こうすべきだ…なんて言えない。
「こんな場面ではどうすべきか」という問いの正解は、きっとない。すべきことも、してはいけないことも、ほとんどの場合が「時と場合による」。「時と場合による」と言ってしまうのは思考停止だという見方もあるけれど、知れば知るほど、経験を重ねれば重ねるほど、「時と場合による」だと思っている。
もちろん子どもたちを明らかに傷つけそうなことはしないということは正解かもしれない。でも、そう思っていても、傷つけてしまうことはあるし、強い言葉(怒鳴るとかということじゃなくて)が必要な場面もきっとある。そこでは誰かを傷つけてしまうかもしれない。それでも伝えなきゃならない時もある。
極力具体的な状況、場面なら、「こんな場面ではどうすべきか」という問いに対しての正解はあると考えられるかもしれない。それでも、やっぱり正解はないと思っている。指導するということは、関わるということは、どんなものであれ、心という見えないところと向き合っていること。
見えないところと向き合っている以上、正解なんてないと思う。そして、見えないところと向き合っているからこそ、これが正解だと思いながら指導していく怖さ、関わっていく怖さも大きい。「時と場合による」と考えながら、その都度最善を尽くし、その都度リフレクションを重ねていき、前に進んでいく。
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