長い旅の途上
旅からかえる。元の生活にかえる。
いくつかの出会いがあって、いくつかの再会があって、わずかな変化が心におとずれる。
旅することは遠くへ食べに行くこと、と誰かが言った。ドアを開けて一歩外へ出れば旅、と誰かが言った。
自分のみている、自分のつくりだした空間から出たときに、ふと出会う未知なるものを、受けいれるということが、きっと旅のうれしさのひとつなのだろう。
まちを囲む青い山の線、そのうえにひろがる空の青い層、黒い夜の静けさ、理由のない時間、受け継がれるちいさな歴史の証。
紅花の傘を回して踊る人々の顔、会いに行ったひとの地元での顔、家族をみまもる顔、珈琲を淹れるひとの顔、山で過ごすひとの顔。
都市の生活が、いかに人間社会に合わせて造られたものなのかということ。いかに他人の尺度に調整して生きているのかということ。あるいは自分の価値観を軸に選択しているのかということ。
持ってきた読みかけの本のうちの一冊、長い旅の途上。
人間の慌ただしい日常と並行して流れるもうひとつの時間の話。
ひとの一生というのは、さまざまなものと出会いながら、自分のなかに哲学をつくりあげていく道程なのかもしれない。
うんざりするほど続く田んぼ、島々の浮かぶ日本海、街から町へ移動する途中でみる風景はなぜだか、いつまででもぼうっと見ていられる。
空も山も田んぼも海も、まったく異なる色をしているのに、なぜどれのことも、青いと言いたくなるのだろう。
わたしはどこまでいっても人間社会に包含されたままだけれど、こころのなかに、できればいつも、ささやかな自然をかんじていられますように。