巡る秋、駆ける秋
春の祝宴の夜に、これから出張なのだ、と二次会にいくわたしたちに背を向けて去っていったひとが、夢にでてきた
ぱんぱんにふくらんだリュックからぶら下がった赤色のヘルプマーク。
むかし一線で活躍をして、輝いているようにしか見えなかったけれど、完璧にみえていたこのひとにも、あれからいろんなことがあったのかな、と遠ざかる背中に勝手に推測をめぐらせた夜だった。
知らないところで、知る由もない無数の時間が流れていて、それを全部、感じることができない事実に、もどかしくなる。
懐かしい音楽を聴いたら、置いてきたことさえも忘れかけていた感情が呼び戻されて、どうしたらいいか分からなくなる。ただしゃがみこんで涙を流すしかないというような気持ちにもなる。
電車から見える多摩川に秋の冷たい雨が散っていた。空には靄がかかって、さっきまでの気持ちもかき消されてしまう。
それでもこの日々は。
なにも起こらない時間の連続が、それと意識しないあいだに、あらかじめ結びつけようもない点と点が、結びついて、時を駆け巡って、わたしの目の前に形をなす。
横浜の空は暗くなって、それでなくても強い風がますます荒くなって、どしゃ降りの雨に変わる。屋根から屋根へと駆けるひと。窓の外をみてマグカップを傾けるひと。
いまここに、無数の知る由もない時間が、流れている。わたしはそのどれにも含まれてはいない。わたしは誰をも含んではいない。
やがてつめたい冬が来る。
はりつめた空気にあたたかい陽光が温度をあてる。そのとき、どこで、なにをみているだろう?わかりたいから、わかるために、街をでるんだ、風がささやく。
散り散りになった雨をかき集めて、そこにはあるはずのなかった大きな湖をうかべよう
それから街に跳ね返る光を集めて、誰からもわかるようにおおきく虹を架けたら、ちいさな自転車にのってつぎの街へいこう