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ぺけぽん
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#教養のエチュード賞

創作者は皆、チェス盤の前に座している:『猫を抱いて象と泳ぐ』感想文

小説、音楽、漫画、映画、アート全般。最初に出会ったときにはただ、あぁいいなぁと思った作品が、ひょんなタイミングで示唆に富んだ物語として目の前にふたたび現れることがある。 2011年に発行された文庫版の小説『猫を抱いて象と泳ぐ』。書店に並んだばかりのその本を、小川洋子さんファンの私は迷わず手に取りレジへと持っていった。 今年の4月に嶋津亮太さんがはじめられた「知性の交換」。本を贈り合う試みで、私が嶋津さんに贈ったのも『猫を抱いて象と泳ぐ』である。シンプルにこの本が私の一番好

拝啓 20年前の私へ

「20年前のちーちゃんから30歳の千裕さんに手紙が届きましたよ」 母からの連絡には、フェルトペンで書かれたのであろう拙い子供の書く漢字で私の実家の住所と宛名が記された茶封筒の写真が添付されていた。何をそんなアンジェラ・アキみたいな話……と首を傾げかけたところで、ばちんとその記憶は蘇ってきた。小学4年生、ちょうど20年前、国語の授業で「20年後の自分に宛てて手紙を書く」という時間があったこと。あの時先生は確かに「この手紙は20年間大切に保管されて、必ず20年後に皆さんのもとに

才能に悩んだら、ぜんぶ物語のせいにしてしまえばいい (#教養のエチュード賞)

「君って心が安定してるよね」 会社の考課面接にしては、ずいぶん曖昧でゆるい言葉だなと苦笑いしていると 「あ、一応、褒めてるんだよ?」 と申し訳程度のフォローをいただいた。 いろんな企業で、やっぱり社員のメンタルヘルスが課題となっているようです。仕事量はそのまま、責任もそのままに部下を働かせられる時間は激減・・・管理職は大変そうだなぁ。できることなら、なりたくない。 「心が安定」しているのが良いことなのかは分からないが「秘訣は?」と聞かれると、コツはやっぱりひとつしかない

みぞおち

「……。」 私は一人、テレビの前で突っ立っていた。 画面の中には、真剣な眼差しの奥に轟々と炎を燃やした男性が真っ直ぐに立って、真っ直ぐに話していた。向けられたマイクにではなく、質問を投げかけてくる記者達にではなく、カメラのレンズの向こうに向けて。画面の向こうのこちらに向けて。 ガタタンッ。 電車が急に揺れて目が覚めた。いつの間にか眠っていたようだ。目を力なく開けたまま。虚ろな夢をみていたようだ。 西日が目にしみて、くっと下を向く。 なんで今頃あの場面を、あの人の眼を思い出