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子どもが泣いている。理由なんてわからない。


我が子が泣いている理由が、なんとなくわかる


新生児育児のまっただ中にいた頃、この言葉をよく聞いた。

世のお母さん達は、赤ちゃんが泣いていると、なんとなくその理由がわかるらしい。お腹が空いたのか、オムツなのか、眠たいのか、はたまた甘えたくて泣いているのか。両手では足りないほどのたくさんの理由の中から「あ、これかも」という勘が働くようになるらしい。

あなたもそのうち、わかるようになるよ、と。

そう言われているような気がして、実際にそう言われたこともあって、どうしたらそうなれるのか、いつになったらその日が来るのか、真っ暗な部屋で眠らない息子を抱っこしながら、ぼんやりとスマホの画面を眺めていた。


あれから一年が経った。

私はまだ、息子が泣いている理由がわからない。



泣きたい理由は、ひとつなんだろうか


新生児のころから、息子はよく泣く子だった。
抱っこさえしていればOKだったので、よく言われる「立って夜通しゆらゆらしないとダメだった」とか「驚異の背中スイッチ」とか、そこまでのことはなかった。とはいえ、日中、ベッドや畳に置いた途端に不機嫌になるものだから、こちらは気が気ではなかった。

そんな息子は、ひどい黄昏泣きをした時期があった。

お昼の3時くらいになると、途端に不機嫌になる。
そうなるともう、床に置いていてはダメで、ただの抱っこでもダメで、私は息子を抱っこ紐に入れて、バランスボールでゆらゆらしながら、1時間、2時間と過ごしていた。

ずーっと泣いたままお世話をして、お風呂に入って、寝かしつけ前の授乳をする。

泣き続けている息子は、寝る前の授乳が全然できなかった。
泣いて、泣いて、泣きすぎて、上手くおっぱいが吸えなかった。

お腹が空いて泣いているのに、泣いているからおっぱいが飲めなくて、飲めないからまた泣いて、眠たくてさらに泣いて、泣いているからお腹も睡眠も満たされなくて。きっと、自分がなぜ泣いているのかわからないまま、息子は泣いていたのだろう。ただただ、泣くことしかできなかったんだろうと、今なら思う。


今、息子は1歳だ。赤ちゃんは卒業してしまった。
それでも、まだ言葉は話せないから、息子は今も泣いている。
毎日、保育園から帰って、家に入ってしばらくすると機嫌が悪くなって、泣いて、泣きながらご飯を食べて、泣きながらお風呂に入って、泣きながら歯磨きをする。そんな息子を見ながら、ふと思うのだ。

たぶん、なぜ泣いているのか、本人もわからなくなっているんだろうな、と。



泣かなければいけない気がしていた


おそらく、訳もわからず泣いているであろう息子を見ていると、私は決まって、自分の子供時代を思い出す。


子供の頃、「歯医者さんは怖い」という決まり文句があった。

歯医者さんは怖い。
初めて歯医者さんに行った子供は、泣いてしまう。

子供向けのアニメとか、絵本とか、そんなものに「歯医者さんは怖い」という言葉が溢れていた。

そして初めて歯医者さんに行った日、私も多分に漏れず、泣いた。大号泣した。

「なんで私はこんなに泣いているのだろう」と不思議に思いながら、泣いていた。


歯医者さんは怖い。歯医者さんに行った子供は泣くもの。
私はそう、思い込んでいたのだと思う。

でも実際、私は歯医者さんが怖くなかった。
ウィーンという歯を削る機械の音にも、驚かなかった。最初はびっくりしたけれど、それでも黒板に爪が当たるキィッという音に比べたら、まだましだった。それに歯を削っていても、別に痛くもなんともなかった。

にもかかわらず、私は泣いた。
なんとなく「泣かないといけない」と思って、泣いてしまった。
泣きながら「なんで泣いているのだろう」と不思議だったた。

泣いて何かを訴えることが目的なのではなくて。
泣くことそのものが、私にとって「目的」になっていた。


子どもは、理不尽に泣いてしまうものだ。



今日も息子は泣く。


保育園から帰ると、息子は大抵、泣く。

空腹と、疲労と、眠いのと、その辺が全部ごちゃまぜになって、息子は泣いている。米粒を摘みながら、空っぽになったお皿を見ながら、服を脱がせながら、あるいは着せられながら、息子はよく泣いている。

そんな息子を前にして私ができることと言えば、1秒でも早くご飯を準備し、お風呂に行き、おむつを履かせ保湿剤を塗り着替えをして歯磨きをして、お気に入りのバスタオルとともに布団に寝かせることだけ。

そこまでしてようやく、息子は泣き止んでくれる。

もはや、いつ泣いて、その理由がなんだったのかなど、関係なくなっている。
それでもまあ、なんとか、息子は今日も健やかに過ごしている。



だからもし、「赤ちゃんが泣いている理由がわからない」と不安になる親御さんがいるとすれば、大丈夫ですよ、とだけお伝えしたい。

わからないけれど、わからないなりに何とかなりますよ、と。
わかっていてもわかっていなくても、多分、親が子供にできることなんて、限られていますから、と。


なんの励ましにもならないかもしれないけれど。
今、泣き続ける我が子を前に途方に暮れている親御さんには、もっと別の、抱っこ要員とか睡眠時間とか、あるいはタケモトピアノとかポイズンとか、そういう直接的な支援が必要なのかもしれないけれど。

少なくともここに、我が子が泣く理由がわからない親が一人います、とだけ。
お伝えできれば良いな、と思う。



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