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solanjill #01

恋をしていない振りをすることが、片想いを続けられる方法だと思っていたから、そらとぼけた顔はデフォルトになった。

「もっと楽に人を好きになりたくならない?」
「好きって気持ちに”楽”はないでしょ」
「なるほど」
そうだね。と内心うなずく。

こういう話をするのにぴったりな場所は、立入禁止の屋上だ。けれど残念なことに、うちの高校は立入禁止どころか屋上そのものがないので、二人で彼の片想いについて話をするのは、もっぱら花壇の前だった。こじんまりした校舎に、不釣り合いに大きな花壇。ずっと昔の卒業生が寄贈したらしい。もうちょっと後先を考えてほしかったな、とわたしは来るたび思わずにはいられない。土をおこしたり、混ぜたり、苗を植えたりするのは広ければ広いほど大変だ。花壇を寄贈した人たちのなかに、園芸部員はいなかったにちがいない。もしくは、逆に部員が有り余るほどいて問題なしと判断したか、どっちかだ。

第62期・園芸部員は幽霊な2人を含めたった4人しかいない。残りのわたしと先輩は、大きな花壇で作業をしながらぼそぼそと愛や恋についてしゃべった。

「君だってさ、都合がいいから好きになるわけじゃないだろ。身長が175センチ以上で、運動部で、仮面ライダーをやって3年後くらいの俳優みたいな顔の人間が現れた途端に、カチッと好きになるわけじゃないだろ」
「なにそれ。だれそれ」
「世間がイケメンと呼ぶ男性のことだよ」
「絶妙だなあ」
「ありがとう。だから、俺がいいたいのはさ、」

男を好きって人だけを好きになるのは、むずかしいって話だよ

最後のことばは、濃い色をした土の下へ静かに染み込んでいった。

=

半年前、小さな公園で絵を描いていた。
猫と、猫に向かって飛びかかるコンドルのようなもの。
その辺の野鳥とたかを括って、のんびりと昼寝をしていた猫の尾に、鋭く尖った獰猛な嘴がいまにも届きそうな緊迫した瞬間を想像して、一心不乱に手を動かす。コンドルの脚の爪は、何本だろうか。カラスのをもっと長くして尖らせて、人間の手のように掴みやすい形だろうか。スマホで画像検索したら出てくるかな。

「それ、君が描いたの」

背後から聞こえたことばにぎょっとして固まる。今考えれば、あやふやで抽象的な形だったから言い逃れもできたかもしれない。けれど、初めてのことに動転して、「みんなには言わないで」と叫んでしまった。同じ高校の制服を着ていた。

「え、そうなの」

「いままで誰にも言ってない。絶対言わないで。ほんとに。ほんとに、お願いします」

彼は気圧されて、「わかった、言わない」と頷いて踵を返す。何事もなかったかのように公園の出入り口へ向かって歩き出したたが、やはり気になるようで上をちらっと見て、「でもさ」とわたしを振り返った。絶対に言うな、と念押ししようとすると、彼は額をかきながら

「それ、世界一ロマンチックな告白ができそうだね」

ブルーインパルスみたい。

そう言い残して走っていった。
わたしは口を絶対の「ぜ」のまま、そのまま固まった。

絵を描いていたのは、砂地でも画用紙でもなく、頭上に広がる青い空だった。4本の足はもうふわふわと風に流されかたちを留めていないが、目を凝らせば犬か狐に見えてくる。口に咥えているのは、控えめに浮かぶ白い半月だ。

わたしは、雲で空に絵を描ける。理由は知らない。
地球の隣に金星と火星があるように、たんぽぽが綿毛を飛ばすように、猫が家の柱で爪を研ぐように、当たり前に、わたしは空に絵を描けた。

誰かに披露する前に、それがみんなの「当たり前」ではないと気がついたから、一人のときにこっそり楽しんでいたのだ。その日までは。

(つづく)

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