しろいけむり
ため息のかたちを知るために
烟草を吸うんだ
と彼は言った
今なら盛大に言ってやる。
「格好いい」とそのとき思ったわたしは大馬鹿野郎だ。そんなミュージシャンみたいな台詞を、舞台でもなんでもない、現実にある喫茶店で吐く男は碌なもんじゃない。
わたしのいう「碌な男」は自分でお金を稼いでいて、住むところは自分の責任で管理できて、人にちゃんと「ありがとう」を言える男性を指す。
掲げた三つの条件のどれか一つでも当てはまれば、「好きな人」に昇格できる無意識の制度は、23まで続いた。
彼が実行していたのは三つめだけだった。
けれど、もしタイムスリップしたら、
また「格好いい」と思ってしまうんだろうな。
それは、彼が素敵だからじゃない。そんなのは、ちっとも問題ではない。
彼を素直に愛するわたしが、わたしは好きだったからだ。
*
「寒いね」
隣で煙のように吐く白い息を見て、夫が笑った。
「じゃあ手を繋いであげよう」
わたしが手袋を外すのをみるなり、夫は丁寧に
「ありがとう」
と言った。
果たして彼は、ため息のかたちとやらを、まだ見つめているのだろうか。
わたしは繋いだ手にぎゅっと力をこめて、思い切り白い煙を吐いた。
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