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フライング
はじめの一歩を踏みだすその瞬間が、ときめきと興奮の絶頂だった。
空気は光で満ちていた。雲はわたしのために用意されていた。
スニーカーは何も踏まない。
風に少し靴紐が揺れるだけだ。興奮の次に喜びが嵐のように襲った。
浮いている。
しゃぼん玉や、わた毛や、ほこりみたいに、わたし自身が。
やった
そうと知ると、なにもかも試したい気持ちに駆られた。
バレエのレッスンのように遠くへ脚を伸ばす。景色は緩やかに流れる。それは電車がホームを滑り出したときに似ていた。けれど線路はない。全方位どこへでも行ける。ゆらゆらと上空を散歩した。駐車場のトラックの荷台で、猫が丁寧に背中を舐めている。立ち入り禁止のマンションの屋上には、なぜかビーチサンダルとパラソルがある。
前進の次は、上昇だ。
見上げた格好で腕をかけば、その分だけ遠くが見えた。全ての屋根が、きらきらと輝いて、わたしを迎えた。目を細めてそれを見る。
嬉しくなって、わたしは一度ぐっとしゃがみこみ、思い切りジャンプする。
ひゅん
風が頬を打ち、ものすごいスピードで高く上がった。顔が熱くなっている。
そりゃ熱くもなるさ。
わたしは空を飛んでいるんだもの。
寒くなって、ふわふわとゆっくり町に降りる。白いシャツの裾がくらげのようにふくらんだ。空飛ぶくらげだ。
壁も塀もフェンスも、いまや遮るものでもなんでもなくなり、蹴り上げるときに使う「足場」になった。
ぴょんとつま先で蹴り、もう一段高いところへ。
見慣れたスーパーの看板は間近で見るととても大きい。飛ばされてはたまるであろう何日分かのほこりが愛おしくて、指で掬って勢いよく吹き飛ばした。
マンションの5階まで飛んでいき、ベランダに干された洗濯物の絡まりを直した。
公園の一番高い木はスズメのねぐらだと初めて知った。
知っているはずのなにもかもが、新しい。
自由は青い色をしていると、わたしはそのとき信じることができた。
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