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solanjill #02

「植物興味あるって言ってたから」

次の日の放課後、その人は部活の勧誘と称してわたしの机までやってきた。

男子が女子を誘うシチュエーションにいっときざわついたクラスの空気は、「部活だってさ」とあっという間にしぼむ。わたしは目立つのが苦手なので、みんなこの5分だけ記憶喪失になればいいと願った。彼は、用務員用のロッカー前までわたしを連行した。

「ごめん、園芸部は部室とかなくて。体験入部という名目で一瞬付き合ってくれる。昨日の話のつづき」

そうか、この人は園芸部なのか。そしてあの話は続くのか。
まさかこのような展開になるとは思わず、半ば呆然としていた。テレビ出たら?とかどういうトリックなの?とか、そういう話になるのだろうか。全然わからない。ただ、二人だけで話そうとする気遣いはありがたい。昨日は慌てていて全く気がつかなかったが、ネクタイの色は一学年上の2年生だった。先輩になるとそういう気も回るのだろうか、なんて思う。

ロッカーに入ったプラスチックの箱から取り出した軍手を「格好だけでいいから」と渡される。

「俺、ちょっと苗取ってくるから先に花壇に行っててくれる?」
「花壇?この学校花壇あるんですか?」
「ああ、だよね」

彼は額をかくと「美術室と職員室の前は一応全部花壇なんだよ」と苦笑し、外に回って美術室と職員室の前に行ってて、と言い直した。

ローファーに履き替えて言われたところへ向かうと、なるほど確かにそこは花壇だった。綺麗に土が均されて、花も草もない状態を果たして花壇と言うのか分からないが。なんだか描かれるのを待っている快晴の空にも似ている。

「お待たせ」

ケースいっぱいの黒いカップに入った花を抱えて来た彼は、そっとそれを地面に置く。小さな衝撃を受けて、フリルのような花びらが一斉に震えた。

「これを植えてくから、まあ、見学してて」

「はあ」

彼は使い古された軍手にきゅっと両手を指の先までしまうと、シャベルで土を掘り始めた。さっき手渡された新品の軍手を曖昧に片手で握る。手伝った方がいいんだろうか、と思うが足は動かない。怖かった。

「急に来てびびらせたよね」

「…」

黙りこくって立ったまんまのたわたしを横に置いて、彼は続ける。

「ああいう、人に絶対知られたくないやつを知ってる人ってよけいに怖いでしょ。友だちだろうと知らない人であろうと。自分とどんな関係でも、言う奴は言っちゃうから」

ザクッ

とシャベルを突き立てる。

「俺はそんなやつじゃないから安心してよってことを言いたかったんだけど」
掘り出した土を脇へよけると、カップの中身がそっくり入るほどのあなができた。

「でもまあ、信じられるものでもなかろう、と今わかって。そんで思い付いたことがあって、」

なかろう、という言葉がずいぶん古い言い回しに聞こえ耳に残る。花壇にぽっかり空いたあなは、カラフルに埋められていく。
彼は、何が言いたいんだろう。

「お互い秘密を人質にしない?」

「え?」

急に飛び出した物騒な単語に、思わず顔を見た。

「俺も絶対人に知られたくないことがあるから」

全然ジャンルは違うけど、と笑った。笑ったけど、笑ってなかった。今まで怖かったのが急に消えて、気づくとわたしは軍手をしてぶよぶよした黒いプラスチックのカップを手にとった。

「パンジー、植えるの手伝います」
彼は驚いた顔をしてわたしを見上げ、にっと口を曲げた。

「これ、ペチュニアって言うんだ」

その日から、彼はわたしの先輩になった。

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