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2023-03-04: 妻のためのSF導入ブックリスト
はじめに
港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だったーー。
などと言っても「ハァ!?(ウサギ)」な奥さんが、最近SF小説を読むモチベーションを高めている。
方々にオススメの小説を聞いているようなので、私も以下の通り、ザッと候補を書き出してみた。
選出基準として、大部の長編は極力回避した。
ローダンシリーズなどは論外だが、最近レコメンドされがちな『三体』シリーズや『火星の人』といった長めのSFを記載しなかった理由はこれである。
また、ハードSFにありがちなジャーゴン満載の作品も避けた。
従って、イーガンやギブスンらの作品は選外である。
時代背景や国家・政府設定が現実の現代と乖離しすぎているものや、翻訳が古く読書体験としてやや厳しいものなども諸々取捨し、なんかこんなかんじになりました。
別に網羅的にランキングを作ったわけでもないし、SF者でもないので「え~?」って思っても許してね。
国内
秋山瑞人『猫の地球儀』『おれはミサイル』
このような記事を執筆するにあたり、秋山瑞人を外すわけにはいかない。
私にとって、『イリヤの空、UFOの夏』はオールタイム・ベスト・ライトノベル不動の第1位である。
しかし『イリヤ』は設定こそSFであるが、その実質はセカイ系ボーイ・ミーツ・ガールであり、電撃文庫にして全4巻という大部であることから、本リストには掲示しなかった。
さて、『猫の地球儀』は、古き良き猫SFの伝統を汲む(竹書房は『猫SF傑作選』なるアンソロジーまで出版している)作品だ。第32回星雲賞日本長編部門最終候補作である。
<知性を持った猫>によるエクソダスものであり、「こちら」から「あちら」へ越境しようとする設定は、たとえば村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』やそのフォロワー群に認められる強い物語力を持った構成である。
(余談だが、本作には「スカイウォーカー」という二つ名の人物たちが登場する。そういえば、『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーもまた、惑星タトゥイーンの閉塞的な生活から逃れようとしていたな)
猫の宇宙人といえば、私は否応なく神林長平『敵は海賊』シリーズを想起する。挿画は日本ファルコム『英雄伝説VI 空の軌跡』シリーズなどを担当した椎名優で、可愛らしい絵柄となかなかにハードな作風が好対照で面白い。
『おれはミサイル』はアンソロジー短編集『ゼロ年代SF傑作選』などに収録されている短編で、全翼機とそれに搭載されるミサイルが主人公の、人間が登場しないSFだ。
人間を介在しないにもかかわらず、おおいに「汗臭い」もとい「オイル臭い」機械どうしのアツいやりとりに、おもわずニヤリとさせられること請け合いだ。
梶尾真治『おもいでエマノン』
徳間文庫『おもいでエマノン』に収録されている表題作は、梶尾の代表作と言える<エマノンシリーズ>の第一作目にあたる。
短編『おもいでエマノン』はボーイミーツガールであり、恋愛SFの範疇である。複雑な事情を抱えた美少女・エマノンと、一人旅を持て余す主人公との刹那的な逢瀬、そして後日談が醸し出す余韻。
それにしても鶴田謙二の挿画によるエマノンは徹底的に可憐である。
鶴田曰く、エマノンは「僕にとってのオールタイムベストSFヒロイン」であり、たしかに彼の描き出す美少女には鶴田のエマノン像が通底しているように思う。
鶴田がコミカライズを手掛けた漫画版『おもいでエマノン』は文句なしの傑作であるからして、SFファンのみならず、漫画読みはすべからくこれを読むべし。描画されるスケールは五十嵐大介作品などにもたしかに通じていると感じる。
余談だが、私の実写エマノン像は、若いときの仲間由紀恵さんなのだが、みなさんいかがでしょうか。
小林泰三『酔歩する男』
私は同作者の『玩具修理者』にガツーンとやられたタイプである。
そうきたか~という。
幸いなことに、『酔歩』と『玩具』は一冊にまとまっているので両方お楽しみいただけます。両A面かよ。
ここに列挙した作品の中で、私が最も再読したくなるのは本作だ。
きわめて優れたSFであり、その理由は考察の余地があまりある設定にある。
何を書いてもネタバレにしかならないので口をつぐむが、ぜひ読んで欲しい。
読後、呆然としたあなたは、きっとインターネットで考察サイトを探し始めるだろう。
もちろん、布団の中で悶々とするのも楽しみ方のひとつだ。
伊藤計劃『ハーモニー』
伊藤計劃が「次は百合を書く」と言って世に放たれた本作。
『虐殺器官』でなく本作を挙げるのは、上記のような要素がSFに不慣れであっても読書継続を助けるかな、と思ったから。
とか言ってパラパラ再読してみたが、ETMLなる疑似マークアップ言語によって記述されるという「カマシ」方が、読み手にどう働きかけるかな~とも思ったり。うーむ。
ただ、「SFを読みたい」というモチベーションがある人に対して『エマノン』のような作品ばかりレコメンドするのも、ちょっと偏りすぎてるかなと思い、ハードSF系を挙げてみた。
なぜ伊藤計劃なの、なぜ長谷敏司や円城塔ではないの、などと言わないでください。待ってくれたまえ、ことばの洪水をワッといっきにあびせかけるのは!
伊藤には、『伊藤計劃記録』シリーズというエッセイ著作もあり、こちらと併読されることで、より楽しめるかと思われます。
貴志祐介『天使の囀り』
ホラーSF、というジャンルが存在する。
Jホラー文学でいえば、鈴木光司『リング』シリーズ、瀬名秀明『パラサイト・イヴ』などに代表され、映画ならドン・テイラー『ドクター・モローの島』、クローネンバーグ『ザ・フライ』、カーペンター『遊星からの物体X』など枚挙に暇がない。
邦画でいえば、本多猪四郎『マタンゴ』とかもそうかな。
さて、貴志祐介の代表的SF小説といえばアニメ化も果たした『新世界より』だが、私は『天使の囀り』を推す。
本作を読まずして貴志祐介を語りますな。極悪鳥になる夢を見ちゃうぞ。
読書体験としては同作者の『黒い家』や『悪の教典』後半を読んでいる時と同じような、恐怖のジェットコースターに乗せられてドキドキ・ワクワクする興奮を味わえる。
SFファンのみならず、ホラーファンにももちろんオススメの一作。
筒井康隆『家族八景』
『虚航船団』や最近ブームが再燃した『残像に口紅を』でなく、七瀬さんを挙げる。かわいいからね。
本作はうら若い女性でテレパス(人の心が読める超能力)者である家事手伝い業の七瀬が、各家庭の歪みに精神汚染されたり、七瀬の肉体を性的に狙う男たちに悩まされるSFである。かわいそう。
七瀬は今後「七瀬三部作」シリーズに登場する人気キャラクターとなるが、各作品でだいぶ毛色は異なる。家族の心理ドラマとしての側面が強い本作は、SFを意識せずとも楽しめるはずだ。
国外
フィリップ・K・ディック『人間以前』『変種第二号』
ありえんほど映画化されているSF作家といえばディックだ。
とはいえ、SFをあまり読まない方にハヤカワの海外長編SFを勧めるのはどうにも気が引けるため、短編集を選んだ。
ディックの短編はいずれも読みやすいと思う。過度なSFジャーゴンが登場しないためだ。
『人間以前』は『キノの旅』の名作「大人の国」を彷彿するディストピア短編。
『変種第二号』はクリスチャン・デュゲイ監督『スクリーマーズ』の原作だ。私はこの映画が幼少期のトラウマである。
誰が敵で誰が味方かわからなくなる構図は、ジャック・フィニィ『盗まれた街』などとも通底している。
両作は1955年前後に発表されており、米国を中心とした西欧諸国における反共産主義活動(赤狩り)が盛んだった時期の作品だ。
「いつの間にか隣人が共産主義者になっているかもしれない」恐怖をSFによって表現したこれらの作品は、赤狩りの時代から遠く離れた現在においても反復的に映画化されている(テロの脅威など、「そこにある危機」の対象は時代によって違えど、原始的な恐怖性は現代においても維持され続けているということだろうか)。
ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』
SFというと、所狭しとジャーゴンが並び、地の文がビッチリと隙間なくページを埋め尽くし、無闇に分厚い印象があるのは私だけだろうか。
しかし、ひとたび『銀河』を読めば、ジョーク満載のおバカなSFもあるんだ! とSFの懐の広さを感じること請け合いである。
レイ・ブラッドベリ『火星年代記』
26の独立した短編の総集であり、サクッと読めるのがとても良い(『刺青の男』は未読につきSkip)。
火星を巡る原住民(宇宙人)と移民(地球人)との物語は、アメリカ合衆国の成立と歴史とにパラフレーズできる。
This is 海外SF然とした作品であり、そのSF臭にとっつきにくさを感じる方も多いことと推察するが、短いことは正義なので、寝る前にサクッと1話ずつ読んでいただきたい。
おわりに
このブックリストを眺めて「オイオイ」とか「ヤレヤレ」とか思われるかもしれない。
アシモフもオーウェルもハインラインもベスターもホーガンも載せていないし、小松左京も星新一も眉村卓も新井素子も伴名練も選んでいないからね。
読書体験で大事な点って、あまり無理せず完読できることだと思う。
どれだけ素晴らしい名作でも、呼吸するように読書する習慣がある人でもなければ、なかなか読み通せなかったり、途中で挫折してしまうかもしれない。
ゆえに、まずは短編をひとつずつ確実に読んでいき、自分と波長が合うSF作品をネットなんかで探していくのがいいんじゃないかな。
名作を絨毯爆撃していくと結構しんどいと思うので。
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