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2023-10-26: 『総務部総務課山口六平太』喫煙シーンを辿る

はじめに

『総務部総務課山口六平太』(以下、『山口六平太』)という漫画をご存知だろうか。

原作・林律雄と作画・高井研一郎のコンビで、『ビッグコミック』誌上にて1985年から2016年まで、31年もの長期にわたり連載された青年漫画である。
単行本は81巻を数え、実質上の最終回は2016年に急逝された高井先生の絶筆となった。

『山口六平太』は、1982年『なぜか笑介』、1983年『課長島耕作』、1985年『クッキングパパ』などに列するサラリーマン漫画だ。
登場人物が作中加齢しないものの、世の中の年号は変わっていくという「サザエ時空」(サザエさん方式)を採用した作品である。


当初、バブル景気を目前に控えた世相を背景に、縦割り構造の旧態依然とした日本式企業において「型破り」な主人公が難題を打破していく物語構造は、同時代的な『ビッグコミック』や『モーニング』の主要読者層である若い(世代で言えば、「しらけ世代」と「新人類世代」を中心とした)社会人に支持される。

この物語構造は強固であり、後年の1994年『サラリーマン金太郎』、2004年『働きマン』、2019年『無能の鷹』など、時代を通じて愛されていると言える。

ところで、『山口六平太』は第1話掲載が1985年であり、当然作中に描かれる社会像や会社像も当時の現実を反映していた。
たとえば、パソコンやスマートフォンの不在、ハラスメントに対する社会的な認識、終身雇用制度を背景とした強固な愛社精神感など枚挙にいとまがない。

そんな中でも、殊更興味深く感じるのが喫煙描写である。
70年代に本邦でも社会的な嫌・禁煙志向が拡大し、国鉄の禁煙タイム導入や嫌煙権訴訟などに認められる公共空間での禁・分煙が進んでいく。
しかし、80年代は現代と比較すればまだまだ煙草天国。煙たい時代を、愛煙家である『山口六平太』主人公の山口六平太と辿りたい。

山口六平太と喫煙の歴史

1980年代

1985年、『ビッグコミック』に登場した我らが主人公・山口六平太は29歳独身。大日自動車株式会社(ダイニチ)の総務部総務課に勤務する平社員だ。
下図中心の人物が六平太である。

1巻1話 普通に持ったほうが安定しそうだが

高井先生の絵柄も相まって、トボけた凡庸な若者という風体の六平太だが、彼は社長以下ダイニチ社員たち、株主や政治家、果ては地域住民に至るまで、あらゆる人物から全幅の信頼を寄せられる「スーパーお助けマン」なのだ。

彼は、ギンティ小林氏やライムスター宇多丸氏が提唱する造語「ナメてた相手がめちゃくちゃ強かった “ナーメテーター”」を地で行く、卓越した課題解決能力・交渉力を持ち合わせている。
一見すると十人並み。ジャガイモのような外見をした凡夫。

そんな六平太はヘビースモーカーである。
上図でも、業務中に廊下で平然と歩きタバコをしている。現代ならまずどの企業でも注意を受けるか、悪くすれば懲戒対象だ。だが、この描写は漫画的な誇張表現ではないだろう。

私は89年生まれなので、無論この時代に会社勤めを経験してはいないが、82年『なぜか笑介』でもオフィスエリアで平然と喫煙する描写があり、世の中的に多くのオフィスでは喫煙可能だったようだ。

『なぜか笑介』1巻1話 昭和の会社!という感じ

ちなみに、六平太の特技は下図の煙草芸(着火している煙草を舌だけで口内に収納する)であり、連載初期はこの芸が彼の「型破り性」の名刺代わりとなっている。

1巻1話 わりと化け物である

換言すれば、六平太と煙草は切断し難い関係である。
彼は歩きタバコの常習者であり、社内でも所構わず煙草をくわえている。吸い殻はともかく、落ちる灰はどうしているのだろうか?

1巻7話 床に灰が落ちるはず

少なくとも、1巻には六平太が喫煙しない回は存在しない。

1990年代

90年代に入ると、『山口六平太』の世界における喫煙事情もかなり風向きが変わってくる。

14巻第8話(1992年)では、オフィスエリアにおける一部社員の吸い殻取扱いに関するバッドマナーが問題となり、喫煙者の六平太は(本人が指弾されているわけではないが)恐縮している。

14巻8話 まだこの時代はマナーの範疇か

17巻3話(1993年)は六平太の禁煙がテーマだ。
この回は「喫煙者・山口六平太」に切り込む重要回である。

公私ともに完全超人の六平太だが、彼の玉にキズは喫煙習慣である。総務課で喫煙者は連載開始当初から六平太ひとりであり、喫煙者としては孤軍、四面楚歌だ。

17巻3話 ある種ターニングポイントの回

本作の狂言回しである有馬係長(上図右下コマの最左端)による課内禁煙令のため、禁煙に挑戦する六平太。しかしニコチンの離脱症状に苦しみ、温厚な彼らしくない荒み方をする。

17巻3話 全編通してレアな「シラフで取り乱す六平太」

平時からとにかく六平太依存症と言える総務課の面々は、苛立つ六平太に難題丸投げを拒絶され、自らの首を締める格好となる。
困窮した果てに六平太へ喫煙を薦めてしまうのだが(下図)、その際に六平太が「そんなにヘビースモーカー」ではないと、彼の喫煙頻度に言及されている。

17巻3話 この手のひら返しが更に六平太を逆なでする

これは明らかに後付けの設定、あるいは設定改ざんである。
第1巻で所構わず歩きタバコをしていた六平太がヘビースモーカーでないはずがない。
ちなみに、マイルドセブン(現メビウス)は当時一箱あたり220円。現在の半額以下である。この値段も相まって、一日3箱、4箱吸うヘビースモーカーもザラな時代だ。
かく言う私の父も、90年代はラークやキャビンを一日4箱は吸っていた。

しかし、この17巻時点で、六平太の喫煙シーンはかなり減少している。
たびたび挿入されるBARのシーンや、応接時、たまに自席で……という程度だ。
例の煙草芸もすっかりナリを潜めている。

30巻1話(1999年)でも自席での喫煙シーンは認められる。

30巻1話 貴重になった自席喫煙シーン

2000年代

2000年代に入ると、そもそも作中六平太の喫煙シーンを見つけることが困難になってくる。
40巻2話(2002年)など、自宅の机の上に灰皿がある描写が認められるが、飲食店や自席での六平太の喫煙シーンはおろか、喫煙者の登場自体がほぼ無くなっている。

40巻2話 自宅ではヘビースモーカーの様子

ダイニチ本社における喫煙ルールの改訂などは作中伺い知れないが、世の中的な分煙・禁煙や喫煙マナー向上、社会的な嫌煙傾向を間違いなく反映している。

六平太という人物は、初期において(喫煙習慣や緩めたネクタイから)静かな反逆児的キャラクターを付与されており、場を収めるためについ裸踊りをしてしまうような粗忽さも持ち合わせていた。
しかし、中盤以降「公平が総務のモットーですから」を決めゼリフとし、「人生のプロにならなきゃね」と平賀=キートン・太一のような人生観を持つキャラクターへとシフトしていく。

くわえ煙草が「余裕さ」の象徴だった時代が過ぎゆくなかで、表層的な表現を大胆に捨て、言動や振る舞いで「大人物性」を演出することに成功した『山口六平太』は、長期連載作品としてうまく時代の流れに調和していったのだ。

終わりに

今回は六平太の喫煙をテーマとしたが、『山口六平太』は時代の変遷とともに、作風も都度チューニングを施している。
これは『クレヨンしんちゃん』のように、元々青年向けとして始まった作品にも言える話で、長期連載作品の作風は外的環境に影響されるものである。

現代の感覚で眺めれば、『山口六平太』初期に認められるプライベート優先や社員旅行忌避はむしろ現代的な感覚でありQOLの嚆矢であろう。

『サラリーマン金太郎』において主人公の矢島金太郎は「会社と恋愛をしたい」というセリフで有名だが、『山口六平太』における総務も「会社の女房役」だ。
サラリーマンにとって最も優先されるものは仕事であり会社。
そして自らのアイデンティティも会社に負うものが小さくない。
そんな考え方がまだ神通力を宿していた時代だ。

2巻7話 後の話でこのエピソードを反面教師化している

しかし、温故知新と言うべきか、無論名作の条件として、『山口六平太』には大時代的でありつつも、普遍性を勝ちうる思考様式やマインドセットが随所に展開されている。
これは、本作が「プロの会社員」でなく、「人生のプロ」を描いた作品だからだ。

高井先生は手塚治虫先生のアシスタントを経験し、赤塚不二夫先生のサポートを並行しながら共同ペンネーム「太宰勉」名義などで作品を発表し続けた。
繰り返すが、山口六平太は31年に渡って同一誌上で連載された。
この仕事の比類なさよ。
時代を乗りこなしていく力量にただ脱帽する。

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