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苦しみの中で描く未来に本当の希望がある

 私は私の父のことが大っ嫌いでした。
 けれど、私は私の父が救われて欲しいと願っていました。
 父には味方がいなかったから、愛情を注げない人は誰にも愛されないことを知っていたから。
 今の時代、まずは自分のことを自分で満たせるようになる、そこからだよ、と、心の中で誰かが言う。
 時代がいくら変わっても、誰かのために生きていけるのはとても美しいことだ、と、ぼんやり考える。
 舌戦を繰り広げる討論番組の論客たちの真の願いは、相手を打ち負かして自分が人気者になって、お金を得て、さらにその先にどんな未来を描いているのだろう。
 誰かの犠牲がないと人生が輝かないのなら、犠牲にされる側の人生でいい。そんな考えがあるから、趣味で作り続けている切り絵を本腰を入れて売り出せない自分がいるのかもしれない。

 ハローハロー、私はそこそこ愛された幼少期だけど、そうでもなかったことに気が付いた愛知県在住の30代の独身男性。SNSを見ていると収入の高そうな人、家族と幸せそうな人、自分よりアクティブがはるかに高いアーティスト…そんな人を見るにつけ、隣の芝生が青く見えています。ホント、薄暗い性格の私です(笑)。
 でも、自分の現状では選べない未来ってあるじゃないですか?だから隣の芝生が青く見えてイヤぁな心境になる日があるのも仕方がない気がします。私が個人的によく思うのは、体さえ大事にできていれば心は後から回復したり明るくなったりするということ。悲観的になる日があってもいいから、前を向く努力だけはやめたくないものです。突然ですが、詩を挟みます。

月の舟

もうだめだ 消えてしまいたい

そう考えながら調理を始める私は滑稽だ

笑え 私を笑え 人々よ

夜にジャズなんか聴きながら

この命の果てを考える

拙い私には壮大な

社会問題へ考えが及んで

どうせ完成しやしないんだと

捨てられない一遍の詩を思い返す

思考が停止した私

呼吸を止めたかのように青ざめた

鏡に映る不摂生で太った体

やれることなんか幾らだってあるのに

いつかの完成を目論んで

捨てられない一遍の詩を思い返す

三日月は欠けているから美しい

月の形の一人分の小さな舟に乗って

今宵のため息は

鏡のような泉の水面に

小さく 小さく 波紋を作っては

心地よいリズムで舟は揺れます

闇夜の鳥の寝息を聞いたかい?

君はクマの寝床の茂みを抜けて

泉の水面に抱かれながら

小さな三日月の舟で安らいでいる

今宵の闇に堕ちてゆけ

私の後悔 あなたの裏切り

心地よいジャズナンバーも今

私だけのために鼓膜を振るわせてくれている

ゆらゆら ゆらゆら

世間の荒波に耐えて

ゆらゆら ゆらゆら

心地よさは唐突に訪れる

風が頬を撫でている

水面に揺れる炎のごとき生涯よ

一瞬の閃きに惑わずに

前へ 前へ

 人という字が支えあう意味があるのなら、ある種この構図は足の引っ張り合いでできているともいえる気がします。でも、苦しい時辛い時、もう命さえ投げ出したいような時に、必死で守っている人やモノはありませんか。その希望が人の本当の願いであり希望だと思う。世の中で多く出回っている「こうしたらいいよ」「この方法でうまくいくよ」というアドバイスや思考術は丁寧すぎて結果の形まで導かれてしまうものが多い気がしてなりません。どういうことか。それは、自分の本当の願いは自分の人生でないと分からない気づきや恐れの中にあるんじゃないかと考えています。どんな方法論も腹六分ぐらいに考えて上手く付き合えればよいですが、自分の核となる部分に目を向ける努力を怠ったままに考える自分の理想の将来の姿は、躁うつ病を抱えている私としては思考停止に陥る素になったり、本来の自分の姿を見誤る原因になったり。
 自分の一番の理解者は自分、ってよく言うけれど、ただ自分を愛するという着眼だけにとどまらず、苦しく、辛い時にも守って来た自分のプライドや大切な人・モノにまずは深く気づいて、ドロドロとした美しくない自分の姿が連想されても目を背けず、将来の自分を描く糧にしていけたらよいのではないでしょうか。
 随分と偉そうなことをたくさん書いてしまいましたが、それは私自身が大切にしている「切り絵」に出会ったのは引きこもっていた時に出会えたからそう考えるのかもしれません。引きこもってしまう時って、私の場合で言えば、医者、家族、昔から私を知っている知人、など、関わる全ての人に「様子が変だよ」と言われているような状態だったと思うんです。何なら、自分自身でも「俺はオカしくなってるんだ。何とかしなくては」という焦りがあって、全方向から自分を否定され、していました。そして、ヤキモキしている周りの人々からすれば「少しずつでもいいから外に出て、健康的な生活を」とかって考えるじゃないですか。でもそれって負担が大きくて、外に出れない理由、私の場合で言えば父がオカしな言動・行動で地域での困りごとを増やしていくのに比例して引きこもっていたので、引きこもりながらでもできる「切り絵」と出会えたのは大変大きなギフトでした。
 ただ、あの時、辛かったから「切り絵」はギフトになりえたのであって、そこそこに幸せな毎日であれば「ギフト」として捉えることはできていなかったと思います。辛く、むなしい日々の中で、「切り絵だけは続けるんだ」というささやかな夢が、叶い続けてきたと言えるかもしれません。
 また、こうも考えます。大切な作品にあたるように捨ててしまうことが過去何度もあったのですが、それって、自分の命を守るために、こんなことをしてまでも生きていきたい、という自分の根本的な欲望があったと思うんです。なので、大切な人形を放り投げるような小さな子を見かけたら私はこう声をかけてあげたい。

「そんな時もあるね。辛い気持ちを自分に向けずに偉かった。」

 と。子どものことが私は好きで好きでしょうがないのですが、精神科薬を飲んでいる都合上、子を持つ未来を望んでいません。でも子供は大好き。この気持ちもすごく辛い時に私の姉が、精神病の症状が出てしまってひどい状態なのに自分の大切な赤ちゃんを抱かせてくれた大きな喜びが、子供は大好きと言わしめるところでして、やっぱりつらい経験の中で見つけるキラッと光る何かが、その人の人生の線上で大切なものなんだと感じるようになりました。
 とってつけたような、自分の人生をカケラも知らないスピリチュアルに傾倒した人に「あなたの本質はこうですよ」「こうすれば輝かしい未来が待っていますよ」と言われたところで、「は~オレの何知っててそんなこと言うの?」と心の中で大ブーイングが起きるぐらいに、この哲学は私にとってゆるぎないものです。突然ですがこのエッセイの挿絵にしている心の影のキャプションに寄せた文章を掲載します。


心の影 2022.3.某日作

 僕の切り絵との出会いは本当に小さなものでした。21歳の頃。映画監督になるために上京していた僕は心を病んで、訳も分からぬまま入院し、自宅にこもって静かに過ごすことなど出来ず、せめて普通の人生を!せめて余生のように思えるこの人生を少しでもマシなものにしなくては!と、就労支援センターへ通っていました。
 そこで開かれたクリスマス会で偶然押し付けられるかのように作ることになった雪の結晶の切り絵のモビール。やがて出会った蝶のモチーフ。すがるようにさえなった切り絵というパートナーを通じて辛いこと、悔しいこと、本当に経験してきた全ての、21歳から34歳になった現在まで切り絵に伴走してもらいながら突き動かされるように、作業に没頭する時が訪れるのを待ち侘びています。図案は決してこの心の影に特別なものはありません。けれど、制作中に偶然できたこの作品には、今までの自分の苦しみや後悔が空に写されているように思え、人生で一番泣いた日になりました。影が人生を支えている。そう思う。

 白い光の中にポツンと黒い点があるようなアートを美しいと思うか、黒い闇の中にポツンと白い点があるようなアートを美しいと思うか、でいえば私は後者です。暗く、寂しげなアートになってしまっても、人の心の真を突いたような作品制作をこれからもしていきたい。なので苗字は伏せますが、私の作家名は「慎」という字を選んでいます。この名前さ、苗字と組み合わせると大吉ばっかりの中に総格だけ凶っていう大変自分らしい仕上がりの名前となっております。笑
 さぁさぁ、皆様の心の影に思いをはせつつ、洗濯機が回り終えた音がしましたのでドロンします。ほんと…いつもありがとうです皆様。ハートボタンを押してくださるだなんて…。

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