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PEファンドのビジネスモデルの倫理的評価

イギリスが植民地支配を通じて資産を蓄積していた時代に生きたアダム・スミスによれば、海外でたくさんの収益を上げることを進める重商主義的政策に疑問を持ち、豊かさの定義について考えた結果、国内の労働生産性が高いことが豊かな国であると考えた。社会の需要がある商品を作れなければそれは欲望が満たされないという点で豊かとは言えないであろうし、仮に需要を満たせたとしてもそこに多くの時間と労働が投入されていたら、人々の余暇を圧迫してしまう。したがって、社会の需要が満たされる数量を少ない時間と労働の投入で満たす能力が、豊かさであると考えたわけだ(と思う)。その豊かさを実現させるための環境として、社会にある様々な需要を満たすために、各人の生産活動の結果が、フェアな環境のもとで交換されることが必要だと考えた。

 具体的な条件として以下の3点と整理される
a.フェアで自由な競争環境の存在。特に資本家はフェアな競争の精神を持つこと。
b.資本家は公共の利益を最大化するために、資本を設備投資に分配すること
c.弱者が強者のもとで果実を享受し、相互共感の精神を持つこと

なるほど、アダム・スミス以来の経済学者は、フェアな精神、すなわち倫理観を持ったお金儲けを推進していたわけだ。

次は、この入門的なアダム・スミスの提言したお金儲けとPEファンドが行うお金儲けを比較してみることにする。

 元来のPEファンドとは、LBOによって企業を買収し、短期的なリターンを得るために、その企業を利用する。有名なリターンの獲得方法としては、①リースバック(所有物件を売却し、リースする)、②配当収入(負債性調達によって資金調達を行い、配当性向を高める)、③節税(投資企業からの成功報酬が所得税よりも低いキャピタルゲイン税であるため)、④コストカット(リストラ等)があげられている。

 今回はこのうち①リースバックについて考える。この手法の具体例としては、小売業者の販売店舗などの不動産を売却したのち、再びリース借入するという事だ。これにより、PEファンドは長期的には企業のキャッシュフローが増える事から収益性に悪影響でも、リターンの原資となる莫大なお金を短期的に得ることができる。この手法は、アダム・スミスの条件のb.に反して、私的利益を生み出すだけでなく、長期的な企業の収益性を悪化させることを通じて、雇用減少や社会に求められている当該企業が提供するサービスの質の低下(生産性の低下)につながる。

 さらに問題であるのは、こうしたLBOの対象企業が日常生活に必須の社会サービスを提供している場合である。例えば、医療・介護・交通インフラを担っている企業を考えると、PEファンドに買収されることで、これらの”企業”が、PEファンドに搾取されることとなる。よく考えるとこれらの企業サービスは、利用者からのサービスの提供の対価だけではなく、税金を用いた公的資金や他の企業の組合の資金が入っている(社会保障費や企業の組合から拠出される社会保険料等)。つまり、PEファンドがこうした公的サービスを担う企業から搾取するということは、PEファンドはサービスの質の低下や雇用環境を脆弱にしただけではなく、納税者や企業組合員から搾取しているということになる。

 米国においては金融資産に占めるPEファンドの資産残高は2000年代には1%程度であったのに対し、20%程度と相応の規模に成長している一方、ポートフォリオの多様化による収益源の拡充によって、LBOがポートフォリオに占める割合は、2000年代に80%程度であったものが50%程度までに減少しているという点で、LBOの成長速度は鈍化していると評価できる。もっとも、LBOによる収益の絶対金額は増加している事から引き続き、上記で述べた状況は継続している。

 もちろんこのようなビジネスモデルは資本主義のもとでは存在しうるが、私は一般大衆からの搾取を少なくして個々人の幸福度を高めていくという社会の精神的豊かさという観点と、リースバックの対象となる先が長期的にみると漸減していくというビジネスの持続性の観点から、政府等によるPEファンドに優遇的な制度を撤廃ないしは、何らかの対策をとることを促していきたい。

(このnoteを書きながら、企業が搾取されるということもありうるなと。そして企業が搾取されることを通じて、その企業に労働力を売っている労働者は2重に搾取されていることになるのだと考えた。)

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