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高校生夏のチャレンジ

私はたまに高校生と練習を共にしている。
陸上部すらあまりない地域の中学校でエースとして君臨していた彼は、市内の県立高校に通う一年生だ。
中学生の時に駅伝練習で出会った彼は、はしゃぐ・先生に悪態をつく・コースをショートカットするといった「わんぱく坊主」だった。
先生方は手を焼いていたが、他校の生徒にもガンガン話しかける持ち前の明るさと、ブーブー文句を言いながらほぼ皆勤で練習に参加する根の真面目さも相まって、皆の中心にいる子だった。
駅伝でも頑張ってほしかったが、郡市対抗駅伝はコロナによる縮小や中止により、彼が出走することはなかった。
彼が進学した高校は陸上部はあるものの、入部しても長距離部員は彼一人。経済的な事も考えてなのか、彼は陸上部に入らなかった。
このまま走らなくなるだろう。と思ったがそうはならなかった。高校生になる直前に軽く提案した「たまに一緒に練習するか」に彼は本当に参加したいと言ってきたのだ。
「走るのは好きだし親からも走ってて悪いことはないと言われたから」とのことだったが、理由はもう一つある。
同級生が長距離で県内5本の指に入る高校へ進学したのだ。
中学時代とは比べ物にならない練習に何とか食らいつき、数週間で遥かに成長していた。
ある意味格下と思っていた同級生の成長は彼の心を動かしたらしく、一緒に走る日以外もジョグを欠かさなくなった。
「あいつはめちゃくちゃ練習しとるのをLINEでマウントとってくる」「もう勝てん」ぶつくさ言いながら、どうにか負けないように練習を続けてきた。

そんな彼がチャレンジしたのが1500m5分切り。中学生の時に一度切ったことがあるが、身体が変わりつつある高校一年生は、軽さだけで走れなくなってくる過渡期だ。本当に半々、といった可能性。
レース当日は「雨が降ってきたから記録出ませんね」「昼までアルバイトしてきた」などの予防線各種を繰り出しつつスタート。一定のペースで引っ張るも、700mほどで我慢がきかず前へ飛び出していくも、案の定1000m過ぎに吸収。
いつも走っている身としては「終わったな」と思った。日頃から一旦気持ちが切れると一気に動きが小さくなり、立て直せなくなっていたからだ。しかし今回は違った。ギリギリのところで粘り、ラスト100mでスパートをかけることができたのだ。結果は4分58秒。

見る人が見ればたかが5分切りかもしれない。
しかし彼にとっては自己ベストだ。
今まで生きてきた中で一番速く走れたのだ。

本人がどう思ったのかは聞いていない。直ぐには咀嚼できていないかもしれないし、言葉に出せば照れて「余裕っした」って言いそうだし。

小さな事かもしれないが、自分のギリギリに挑戦する楽しさを実感してくれたら嬉しい。
そして過ごす場所が離れた同級生とできるだけ長く「ライバル」であってほしいと思う。
記録という面では離れていく事があるかもしれないが、挑戦していくことに差はないと思う。
同級生のお母様から聞いたところ、彼の存在が励みになっているそう。

願わくば高校を卒業しても、大人になっても二人で走ってて欲しいなと

勝手にエモくなったおじさんは日の暮れた競技場で思ったのでした。

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