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本当の人権教育とは

長女とリオナは、同じ地域の通っているものの、姉妹で必要な支援も、学校での過ごし方も全く違う。

リオナは常時看護師の介助員がつき、医療的ケアをしながら、本人の体調を見てクラスで過ごしたり、支援級で過ごしたりと、本人のペースで地域の学校で過ごしている。

見るからに障害があり、健康と言われる子どもたちの中でのリオナは、配慮が必要だとよくわかる。

(長女がアンパンマンを置いたのに、「りおちゃん、アンパンチされてるで??」といつものようにチャチャを入れている…)


一方長女は、見た目は周りの健康と言われる子どもたちと同じで、特別な配慮は必要なさそうに見えるものの、クラスで過ごすこのがしんどかったり、学校に行けない日があったりと、彼女なりにしんどさを抱えている。

母親の私は長女を無理矢理学校に行かせることも、無理してクラスにいることも強要しない。
彼女と話し合った結果、彼女のペースや彼女の考えを聞き、彼女自身が1番悩んでいるのだから、彼女の特性も理解した上で彼女らしい生き方を尊重するようにしている。

そんな中、あまり事情を知らない学校職員から、「教室に戻りなさい」と言われることもあり、学校内での逃げ場を失いつつあった長女。

リオナの付き添いで目にしたのは、廊下に座り込む長女の姿。何をすることもなく、ただ座っている。

「どうしたん?」と聞くと

教室を出てから目的地まで来たけれど、そこには入れなくてどうしようかと思っているとのことだった。
ここまで来る間、1人中庭を見て空想にふけったり木々を見たりする時間は楽しいけれど、教室を出る時に担任の先生と約束した目的地入れない。

その日の夕方、自宅で長女が

「あなたは妹さんと違って教室に居れないんじゃないから、教室に戻りなさい。って言われた。リオナと私は姉妹で同じやのに、違うって言った。」と怒りと悲しいの混じった困惑した様子だった。

子どもの言うことだし、言葉半分と取っても、一部分だけ切り取ったとしても、いいように解釈しようとしても、全くできなかった。

「あなたは間違っていない。全然間違っていない。言われたことへの違和感に気づけたことはすごいこと。あなたとリオナは別の人間であるけれど、比べることもおかしいし、あなたが教室に戻らないことと、リオナが教室に居ないのとは全く別のこと」

そんな風に言われても仕方がないと長女自身がならなかったことに、私はとても嬉しかった。

そのことも伝えた。

そしてその職員の発言に対して、怒りと悔しさ、リオナの人権否定にも繋がる言葉に、直接怒鳴りに行きたかったものの、子どもたちのことを考えながら、何日か私なりに考えた。

その言葉を投げた職員は、きっと世の中の多くの人の言葉なのかもしれない、と。
小学校という小さな社会で起こったから問題になるだけで、社会に出ればこんなことの連続だろう。

後日、事実だけは学校に伝え、学校なりにカバーしようと努力はしてくれていた。

が、でもどれも的外れだった。

今回、長女が職員の発言に対して違和感を感じたように、どれだけの職員たちがその発言に違和感と感じただろうか。

おそらく、ほとんどの職員が、長女の感じた違和感を理解できなかったかもしれない。

でも本来、人権否定にも繋がりかねない職員の発言に違和感を抱いた長女は、小学校という小さな社会で確実にフラットに人を見ていたはずである。
大人からの発言だというのがとても残念ではあるが、子どもが同じ言葉を発した時に、どれだけの子どもがその言葉に違和感を感じるかというのが人権教育だと思う。
もちろん、その言葉を発した職員も、無意識のうちに発言したことで、悪意すらなかったのだろう。その人自身、そのような教育を受けてこれなかったこと、リオナのような身体状態の人に関わることがなかったから言ってしまったのだろうから、その職員が悪いとも言えない。
リオナがここに存在することで、これからも日常でそんな発言が出てくるだろうけど、その時が本当の意味での人権教育の始まりだと私は思う。と伝えた。

今の大人たちが子どもの頃、何の疑いもなく、気がつくこともなく優生思想を植え付けられていたのと同じで、私たち大人は子どもたちにもっとフラットに物事を見れて、多種多様な人間を認め合うことを意識して教えていかなければいけないと思う。

そうでなければ、「できない人はそう言われても仕方がない、そう扱われても仕方がない」という考えの人間が育ち、結果、想像力の欠如した大人たちだらけになり、今の社会と何も変わらないだろうと思う。

どんな身体状態でも、子どもたちは教育を受ける権利があり、その子に支援が必要だからといって、大人たちが諦めるのではなく、一人一人に大人たちがその子に必要な支援をしていかなければ少子高齢化が進む日本はどんどん衰退していくだろう。

公立小学校という場で、様々な困難を抱える子どもたちが当たり前に教育受け、必要な支援を受けながらその子自身を肯定してあげれる教育現場を実現してほしいと思う。

そんな中、一般社団法人できわかクリエイターズが、重度障害児の教育支援の研修会を大阪府の茨木市で行うことになり、これをきっかけに多くの大人たちが知り、理解してもらえるきっかけになればと思う。


そして、障害や病気の有無に関係なく、全ての子どもたちの支援に繋がり、子どもたち一人一人が肯定されるようになってほしい。





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