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悪夢が終わらない

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この物語は実話です。
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2020年4月の記事一覧

海が欲しいのに

 七月十八日(月)砂原

 見舞いに来た友人からもらった畠山美由紀のCDを聴いていたら、入院していることを忘れ、浮かれた気分になった。「あはははは」と笑いながら海の水を手ですくい、砂浜を裸足で駆け抜けていく自分の姿が目に浮かんだ。想像の中で僕は白いワンピースにカーディガンを羽織っており、ひとりだった。そんな海の日。

誰もいない病室

 七月十九日(火)田渕

 妙な夢を見た。

 昼食を食べ終え、薬が配られるのを待っていると、廊下からスリッパのパタパタという足音が聞こえた。

 足音はしだいに部屋に近づいてくる。誰かが午前中の検査をすっぽかしたのかと思っていると、呼ばれているのは私の名だった。廊下に出ると、走ってきた看護師が「田渕さん、退院です」と言った。

 あまりに突然だったので驚いていると、看護師が「すぐにナースステーシ

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女性専用病室に忍びよる影

 七月二十日(水)榊

 何者かに拉致監禁され、歯をすべて抜かれるなどの暴行を受けたあと、解放されると駐車していた自分の車に駐車禁止の札が貼ってあった。夢から覚めると夜中の二時だった。

 体を起こし、誰かのいびきをしばらく聞いた後、棚から買い置きの経口補水液を出して飲んだ。冷えていないそれは甘いだけで美味しくなかったが、いくら飲んでも喉の渇きは癒えなかった。

 ベッドから起き上がり、部屋を出る

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半ケツで昼寝

 七月二十一日(木)福留

 二〇七号室の矢上さんがなぜかパジャマのズボンを膝まで下げ、お尻丸出しにして寝ている姿を目撃してしまった。あまりの暑さに寝相が乱れたのかは知らないが、通路側のベッドでしかもカーテンが全開になっていることを考慮し、大人の行動を取って欲しい。

1人のばあさんを3人のじいさんが争う(病院によくある光景)

 七月二十二日(金)砂原

 関さんをめぐって、田渕さんと福留さんと小坂井さんが三つ巴になっている。この間も田渕さんが外泊許可を取って留守にしている隙に、福留さんが関さんを散歩に誘い、断られて帰ってきた。そんな福留さんを「負け犬」と嘲り笑い、「女を口説くときはこうするんだ。よく見とけ」と勇んで出かけた小坂井さんも、すぐに振られて帰ってきた。いずれにしろ、関さんがどちらも振ってくれてよかった。

はじまりの悪夢

 七月二十三日(土)田渕

 また妙な夢を見た。

 病室で新聞を読んでいると看護師が現れ、「田渕さん、先生がお呼びです」と言うので私はナースステーションへ向かった。ドアを開けると、私の担当医でありここの院長でもある毛利医師が手招きした。

 入院してそろそろ二ヶ月になる。痰から摂取した菌の培養の結果が出て、陰性ならば退院の話が出てきてもよさそうなものだが、なぜか医師の顔つきは険しかった。

 ま

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ある妄想

 七月二十四日(日)榊

ある病室に、誰とも話さず、カーテンを締め切っている患者さんがいました。ある日、その病室を、ひとりの男の子が訪ねました。

 「あの、すみません」

 「何でしょう」

 か細くて、今にも消えてしまいそうな声でしたが、返事がありました。男の子は「ちょっとだけお話しませんか」と聞きました。すると、閉じていたカーテンが少しだけ空き、人がひとり入れるくらいの隙間ができました。男の

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女房が綾小路きみまろにハマる

 七月二十五日(月)福留

 毎週日曜、見舞いに来ていた女房がなぜか昨日は来なかった。不審に思い自宅に電話を掛けてみると、「ああ、恵理子(長女)のところに行っていたのよ」と言う。

 こっちは洗濯物がたまって下着の替えがなくなったり、歯磨き粉があと少しになったりしているのに、入院中の亭主を放っておいえ娘のところへ遊びに行っているとは何ごとか。怒りのあまり受話器を握る手が震えた。

 「恵理子のとこ

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UFOを目撃する

 七月二十六日(火)砂原

 屋上のベンチに座り将来について考えていると、視界の隅で何かが光った。空を見ると、厚い雲の切れ間から、複数の小さな光が点滅していた。

 雷とは違う。雲の向こうに何か巨大な、長方形の影もある。生まれて初めて見る異様な景色に、思わずベンチから立ち上がった。

 今、自分が置かれている状況。ハリウッドのSF映画に、必ずあるシーン。人類で最初に異変の兆候を目撃してしまう市民A

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