法律実務家としての旅路をこれから歩む皆様へ(弁護士としての5年間の振り返りを添えて)

 皆様はじめまして。さむ(とむやむ)と申します。
 この記事は、裏 法務系 Advent Calendar 2022の9日目のエントリーです。bkremoteさんからバトンを繋いで頂きました。

 法務系 Advent Calendarには今年が初参戦となります。どうかお手柔らかに、温かい目でご笑覧ください。

 この記事では、第1で、キャリアを考え始めた受験生、実務家になるべく歩み始めた司法修習生向けに、キャリアや就職活動との向き合い方について述べます。
 第2、第3では、新人弁護士向けの所内研修というイメージで、弁護士としての5年間を通じて学んだこと・感じたことについて述べます。

 作成の都合上、この記事の草案は、文書作成ソフトにて書いていたのですが、草案段階で、1万2000字程度になっていました。
 ブログには相応しくない分量かと思いますので、目次をご覧頂いて、気になったところだけをお読み頂ければと思います(ちなみに、法クラの世界では、「文書作成ソフト」に関する古典的な論争が存在しており、ここで、特定のソフトウェアの名前を出さずに、「文書作成ソフト」とお茶を濁すのも、法クラとして生きていくための作法です。)。

 弁護士として一人前なわけではない私が何らかのメッセージを記すことに意味があるとすれば、色々ともがき、試行錯誤をしている段階だからこそ、荒削りで飾らない何かが残せることにあるのではないかと思います。

 この記事がこれから実務という名のジャングルに足を踏み入れる皆様にとっての武器になることを願っています(その辺りに落ちている棒切れや石ころ程度にしかならないかもしれません。しかし、棒切れでも先端に尖った石を括り付ければ何かを穿つ武器となります。旧約聖書において、ダビデがゴリアテを倒したときに用いたのが小石だったように、武器は使いようなのです。)。

 なお、この記事の内容は、筆者の個人的な見解・所感であることをご了承ください。

第1 キャリアに関する振り返り・所感

1 概要

 私は、ロースクールを経て4大(5大)と言われる企業法務系の大手法律事務所からキャリアをスタートして、その後、企業法務をメインで扱う中規模の法律事務所に転職して今に至ります。
 また、弁護士業務と同時並行で、監査法人にて非常勤として会計監査業務に従事し、本年、会計士登録をしています。

2 キャリアとの向き合い方

(1) キャリアを考える視点

 (2)で後述するとおり、私のキャリアの在り方はあまり褒められたものではありません。
 今思えば、ロースクール入試で少し背伸びをして他学部既修として入学をしてしまい、ロースクールの授業についていくのがやっとだったという要因もなきにしもあらずなのですが、ロースクールの勉強・司法試験に向けた勉強で忙しかったのは皆同じで、言い訳になりません(試験後合格発表までの時間を使ってキャリアと向き合うことも勿論できます。)。

 これまでの反省を踏まえて、法律実務家としてのキャリアに向き合う際の視点を、以下のとおり整理しました。
 あくまで試論ですので、こちらを叩き台にして、キャリアを考えて頂ければと思います。

【全体像の把握】
法曹の諸先輩方に実務でのお話を色々とお伺いをして、法曹というキャリアの全体像を掴む。
※弁護士のキャリアを想定していたとしても、裁判官・検察官のお話も聞くようにする。弁護士のキャリアが裁判官・検察官とのキャリアとの比較の中で明確になるという側面があるため。

【様々な領域を知る(全体像を一段階ブレークダウン)】
お話をお伺いするにあたっては、仕事のジャンルや領域を制限せずに、様々な領域で活躍されている先生方の話を聞くようにする。話を聞く際には以下の点に留意する

・注力されている領域の仕事の具体的な内容
・その仕事のやりがいと難しさ
・稼働状況(平日の深夜まで稼働することが常か、土日の稼働が常かなど)
・どんな人と一緒に働きたいと思うか
・キャリアを振り返って思うところ

【自分自身と向き合う】
法曹三者のどれになるのか(あるいはそれ以外の道に進むのか)、どの領域で活躍したいのかなどを決めるにあたっての基準をつくるため、自分自身の関心や大切にしている価値観と向き合い、目に見える形で書き出す。
その上で、キャリアを選択していくにあたっての基準・原理原則を明確にする。

【基準・原理原則に沿う組織を見つける】
明確にした基準、原理原則に基づいて、所属したいと思う組織を見つけ、その組織に所属するために必要なアクションを検討、実行する。

(2) これまでの反省

 (以下の記載は、好ましくないキャリアとの向き合い方の一例を垣間見たいという方だけにお読み頂ければと思います。)

 お恥ずかしながら、ロースクールの学生であった頃は、自分自身のキャリアを丁寧に考える機会を作れていませんでした。ロースクールで接する機会のある実務家に、詳しくお話をお伺いしにいくという姿勢も持てていませんでした。
 そのため、法曹というキャリアの全体像がそもそも全く見えていませんでした(この反省が、上記の【全体像の把握】に繋がります。)。

 ロースクールのGPAが運よく上位だったところ、成績上位者は大手法律事務所のサマークラークなるものに応募しているという話を応募期限の直前に聞き、滑り込みで応募するといった状況でした。サマークラークで企業法務の実務の一端に触れ、司法試験後に、サマークラークで縁のあった事務所から内定を頂きました(様々な領域を知る前に、就職活動を終わらせてしまい、その反省が上記の【様々な領域を知る(全体像を一段階ブレークダウン)】に繋がります。)。

 主体的・積極的にキャリアについて考えるようになったのは、司法修習で裁判官のお誘いを強く受けてからで、これまた外部からの刺激を受けてのもので、褒められたものではないのだと思います(この反省も、上記の【全体像の把握】に繋がります。)。

 紆余曲折を経て、最終的に法曹三者としては弁護士になることを決断しました(ただし、これまた一斉登録の申込期限直前に書類一式を送付)。
 弁護士として執務を開始して実務に直に触れて、キャリアを丁寧に考えていなかったツケが回ってきました。
 「企業法務」と一言にいってもその内実は多種多様であり、自分自身のキャリアを見つめ直し、比較的早期の段階で、中規模の法律事務所に転職しました(最初のキャリア選択において、自己分析が不十分だったことの反省が、上記の【自分自身と向き合う】【基準・原理原則に沿う組織を見つける】に繋がります。)。

3 リクルート担当を経ての所感

 上記2(2)のような次第ですので、ひと様のキャリアについて、何かが言えるような立場では到底ないのですが、所属事務所でリクルートを担当する年次・立場にあるため、就職活動にあたって必要だと思われる点を幾つか述べたいと思います。

(1) 就活本を一冊手に取る

 まず、法曹とはいえ、就職活動に関しては、世に出回っている就活本を一冊手に取ることを強くお勧めします。

 同じ業界に属しているため手前味噌ですが、司法試験受験生・合格者の方々は大変優秀な方が多いと感じています。しかしながら、こと就活に関しては、準備が手薄な方が少なくない印象があります。

 就活のイロハを身につけていなかったがゆえに、採用担当者に縁がないと思わせてしまうのは、大変もったいないことだと思います。

 採用担当側も、就活のイロハを杓子定規に当てはめるべきではないのですが、就活はいわばマッチングなので、一緒に働きたいと思ってもらうために、同じチームのメンバーになるための作法は知っておいて損はありません。

(2) 当該組織の公表情報に触れる+貢献できることをアピールする

 応募書類の作成や面談に望むにあたっては、最低限その組織のホームページ等の公表情報にアクセスし、その組織に対して自分がどう貢献できるのか、という視点を盛り込んだ記載・回答をすることが望ましいと思います。

 応募書類を拝見し、面談でお話を聞く立場になると、残念ながら、ホームページの情報等をお読みいただけておらず、記載やお話のピントがずれてしまっているというケースがそれなりにあります。

 自己啓発の名著とされる『完訳 7つの習慣』には、次のような記載があります。

「その業界の動向を調べ、さらには入りたい会社の問題点を探って解決策を考え、その問題を解決する能力が自分にあることを効果的なプレゼンテーションで売り込む。これはソリューション・セリングといい、ビジネスで成功するための重要なパラダイムである。」

スティーブン・R・コヴィー『完訳 7つの習慣』(キングベアー出版、2013)87頁

 実務についていない段階でソリューション・セリングをするのは難しい部分がありますが、少なくとも、業界の動向と入りたい組織について知り、必要とされる人材を探る、という視点が必要かと思います。

(3) マインドセットを“消費者”から“生産者”に

 事務所の待遇や研修制度等の情報を収集することは非常に大切ですし、組織としても積極的に情報を提供すべきだと思います(法曹の組織はやもするとこの点がおざなりになる節があり、業界全体での改善が必要かと思います。)。

 その前提で、事務所の待遇や研修制度等の情報を取りにいく際には順序を意識することが望ましいと思います。

 というのも、当該組織に自らが貢献できること、当該組織のメンバーとともに、サービスの“生産者”となることができることを先に示した方が無難なケースが多いと思われれるからです。

 初回の面談時等の早いタイミングで、事務所が自分に何をしてくれるのか、何を与えてくれるのか、という態度を全面に出し過ぎて、いわば“消費者”マインドが強いという印象を持たれることは余り好ましくないと思います(なお、採用担当側も、応募者が面談時に情報収集をしなくていいように、然るべく情報提供をする必要があることに留意すべきだと思います。条件や研修制度等についての情報提供が不足しているのであれば、応募者の“消費者”マインドが強いと判断することには慎重な姿勢が求められます。)。

 繰り返しになりますが、事務所の待遇や研修制度等の情報を得ることは非常に大切です。それと同時に、その情報を積極的に取りにいくタイミングに留意すると、採用担当者に誤解されずに、円滑に就職活動を進めることができると思います。

4 会計監査業務に従事しての所感

 弁護士としてのキャリアと同時並行で会計監査に従事することにより、他業界に触れて弁護士業界を相対的に見るという機会に恵まれました。

 この記事がそれなりのボリュームになったため、この点については、いずれどこかのエントリーで詳細を書きたいと思っています。

第2 案件対応の振り返り・所感

1 レスのスピードの重要性

 レスのスピードの重要性に関しては、諸先輩方が言及されていることでもあるため、ここで繰り返すまでもないと思います。

 一方で、若手の頃は、知識・経験不足により、法律相談に関する回答案作成のスピードに限界があることも事実です。

 若手の立場でまず意識すべきなのは、ロジ回りでのスピード感です(知識・経験不足でもできることを徹底的にこなすという意識を持つことが必要です)。

 特に、次の内容に関する依頼者からの連絡に関しては、スピード感を意識した方がよいと思います。

①法律相談に関連する資料の送付、契約書のレビュー依頼
②打合せの日程調整に関する連絡

 ①に関しては、資料がきちんと開けること、一見したところで内容の不備や資料の不足がないことを確認した上で、受領の連絡を速やかにすることが求められます(期限直前にファイルを開けようとしたらパスワードがかかっていた(そして、パスワードが共有されていなかった)なんてことになると目も当てられません。ファイルのデータが壊れていて開けないなんてこともなきにしもあらずです。)。

 ②に関しては、依頼者の担当者1名、弁護士1名の打合せであればまだしも、打合せの参加者が複数予定されている場合、特に立場が上の方が参加するときには、予定が時間を追うごとに埋まっていきます。そのため、こちらも速やかな連絡が必要となります。

 依頼者の求めるスピード感や信頼関係等にもよるところではありますが、よっぽど特別な知見を有しているような方でない限り、上記の2つの連絡が遅いと依頼者から見限られる可能性があります。

 企業法務の感覚としては、上記の2つのタイプの連絡を受領した場合には、遅くともその日のうちの返信が求められるのではないかと思います。

2 書かれざる情報の重要性

 法律相談の端緒として、メールやチャットでの連絡がありますが、メールやチャットの情報量には限りがあります。
 また、法律相談に関するメール連絡は、CCに様々な関係者が含まれているケースも多く、全ての情報をざっくばらんに記載できるとも限りません。

 そのため、当該相談に至った背景事情や外部弁護士に求めている回答の方向性や内容といった書かれざる情報が重要となります。

 私自身の反省として、新人の頃、当初のメールでの情報のみでリサーチ・回答をしようとしていたことがありました。

 この仕事の進め方では、相談の背景事情を踏まえていない理論が独り歩きした回答になりがちです。また、事実関係の聴取も不十分になるため、無駄な場合分けをして、その整理に自己満足してしまうということにもなりかねません。

 大抵の法律相談には書かれざる情報があるので、その情報を積極的に取りに行く姿勢が求められるように思います。

3 情報の伝え方

 「その思いやりは自己満足で、相手には届かないかもしれない」というのがここで述べたいことです。

 とある法律相談において、クライアントの担当者の過去の検討不足により法的な問題点が顕在化してしまっているケースがありました。

 担当者の面子に泥を塗らないように、回りくどい表現で、過去に検討不足だったことをぼかしつつご回答し、私としては担当者の面子を守ったと満足していました。

 すると、担当者から、「先生の回答は回りくどくて何を言いたいのかがわからない」という旨のご批判を頂きました。

 この経験から、その思いやりは自己満足ではないのか、ビジネスの世界で必要な思いやりなのか、思いやりによって正確に情報が伝わらないことで弊害はないのか、を自問自答することの必要性を学びました。

 弁護士という立場上、依頼者(あるいは担当者)にとって不都合な情報を伝える必要のある場面がどうしても出てきます。私の上記の振る舞いは、その覚悟が足りていないものだったと、今となっては思います。

4 依頼者に寄り添うことと依頼者の言いなりになることの違い

 上述した、「依頼者(あるいは担当者)にとって不都合な情報を伝える必要のある場面がどうしても出て」くる、という点に関係しますが、

「依頼者に寄り添うこと」

「依頼者の言いなりになること」
は似て非なる全くの別物です。

 依頼者の利益を最大化することが弁護士の務めですが、依頼者の言いなりになることが依頼者の利益につながるとは限りません。

 言語化するのが難しいのですが、「依頼者に寄り添う」というスローガン・標語のもとで、思考を放棄して「依頼者の言いなりになること」を正当化してはいけないと思います。

 ここでは、依頼者との関係であっても時に緊張関係が生まれることがあり、その覚悟を持ち心の準備をしておく必要があることに、言及するに留めたいと思います。

第3 プロフェッショナルとしての作法

1 プロフェッショナルとしてのマインドセット

 プロフェッショナルというと、どうしても、(時間的な)ハードワークが連想されがちですが、長時間仕事をしていれば、プロフェッショナルになれるわけではないと感じています。

 プロフェッショナルとは何かの定義は一様ではないですが、ここでは、常に能動的に動き、関係者に価値を提供できる人と定義したいと思います。

 弁護士1年目であっても、自らが提供できる価値を見極めて、組織・依頼者に貢献できるのであれば、プロフェッショナル足り得ると思います。

 年次が若い方が、案件の処理方針やリサーチに迷ったときに、例えば、「依頼者から●●という質問が来たのですが、どうしたらよいでしょうか」といった質問の仕方をすることの是非が、定期的に話題になります(なお、全くの新人がこの質問をするのはやむを得ないとは思います。その段階では、自分で考えようとして迷って手元でボールを持つ過ぎる方が怖いので、積極的に質問しにいくことを優先しましょう。以下は、ある程度実務に慣れた時期の話です。)。

 土地勘が全くなく、時間をかける意味がなかったとしても、1分でもいいから自分の中で咀嚼して、質問をする必要があると思います。

 依頼者からの質問をそのまま繰り返して、チームのメンバーに質問するのでは、自分が存在する価値がないのです(メールをそのまま転送するのと変わりません。)。

 質問の領域に土地勘がなくても、例えば、依頼者がどういった背景で質問しているのか等をヒアリングすることはできます(誤解のないように念の為ですが、依頼者に何かしらのヒアリングをすればいいということではありません。依頼者からの初期情報の内容次第です。)。

 回答の内容それ自体には全く手も足も出ない段階でも、どういった段取りでその相談を検討するか、整理することはできます(特殊なケースだと思われるので、まずは、他のメンバーで知見がある人がいないかを所内イントラで募り、それと同時に、知見がありそうな先生に個別にあたるのがいいのではないか、など。)。

 他のメンバーに質問する前に一瞬でも自分に何かできることがないか能動的に考え、依頼者の当初の質問に何か少しでも加工を加えることができたなら、そこに自分が存在する価値が生まれています。

 なお、ある程度実務に慣れた上で、プロフェッショナルとして振る舞うことを心掛けるのであれば、質問はYESかNOで答えられる形式にすることが望ましいと思います。例えば、「●●という理由で、この方向で進めるのがいいと思いますが、いかがでしょうか。」といった形式です。
 「どうしたらよいでしょうか」という質問の仕方は、全てを相手に丸投げする質問で、プロフェッショナルとしての振る舞い方とはかなりの距離感があります(全くの新人であればさておき、ある程度時間が経った後でもこの質問をし続けるのは、という意味です。)。
 また、何でもかんでもとりあえず「どうしたらよいでしょうか」と他人に頼ってテイクばかりして、その他の文脈で他人にギブする機会がないと、組織内での関係性にも少なからず悪影響が出ると思います(仕事については人に聞きまくるけど、その他のことで他人の貢献するということでバランスをとるのもポジショニングの在り方かなとは思います。)。

2 傾聴の作法

 法律実務家の仕事は、相談者の話を聴くところから始まります。

 ありのままに話を聞く聴くことは難しい、ということを自覚するのが聴くことについての出発点です。

 法律実務家は、訴訟を念頭に置いた場合は要件事実を、法律相談においては法律の要件効果や契約条項を、それぞれ念頭に置いてヒアリングすることが多いかと思います。

 我々の職務は依頼者が直面する問題を、法的に分析し解決することにあるため、依頼者にひたすら好きなようにお話頂くだけではヒアリングとして足りません。

 その一方で、法的に関連することだけを聴こうとすると、ありのままの事実・事案の背景や当事者の感情・関係性、などに思いが至らず、これらについてのヒアリングが抜け落ちることがあります。

 そして、往々にして事案解決のために重要なのは、ありのままの事実・事案の背景や当事者の感情・思惑・関係性であったりします(これは、企業法務においても当てはまります。「企業法務は感情労働が無くて楽だ」といった言説に触れることがありますが、私としては、それは違うかなと思います。経済合理性を追求する組織であっても、その組織に属するのが感情豊かな人間である以上、企業法務も人の感情とは無関係ではいられないのです。)。

 要件事実・要件効果を意識したヒアリングと、ありのままを聴くヒアリングのバランスが大切ということになります。

 前者は法律実務家であれば自然とできるようになるのですが、後者は意識しないと難しいと思います。後者に関しての十分なトレーニングを我々は積んでいないのです。

 東山 紘久著『プロカウンセラーの聞く技術』は、そんな我々を助けてくれる書籍です。

 著者がプロのカウンセラーであり、我々がいかにありのままを聴くことができていないか、痛感させられる一冊です。

 人と話をするのが得意だという自負がある人こそ、手に取る価値があるかもしれません。今日はよく話せたと感じたときは、もしかすると相手の傾聴力があっただけかもしれないのです。

3 読解の作法

 法律実務家が読む文章は、相談者からメール・チャット、条文、裁判例、法律関連の文献など性質が多岐に渡ります。

 文章の性質にかかわらず、人間は自分が読みたいように文章を読む、ということを自覚することが読解についての出発点です。

 読みたいように文章を読むというのは、例えば、以下のような読み方です。

・相談者のメール・チャットで情報量が不足しているところについて、自らの知識・経験をもとに情報量を補う。
・リサーチの場面で、文献の記載について、自らが採ろうとする立場・見解・結論に引き付けて理解する。

 後者の読み方に問題があることは比較的明らかかと思います。一方で、前者の読み方は経験を積んだ者の読み方としてあるべき姿なようにも思われます。

 しかしながら、過去のケースと目の前のケースが類似していたとしても、全く同一なケースというのは実務上かなり稀です。問題となる領域、条文、文言は同一でも、事実関係が完全に同一というのはまずないと考えた方がいいと思います。

 そのため、自らの知識・経験を目の前のケースに当てはめることには危険が伴うのです。

 そして、「人間は自分が読みたいように文章を読む」とするならば、そのリスクを回避・低減するには他者の視点が必要不可欠になります。

 実際の他者の視点が得られるのであればいいのですが、自分一人で対応しなければならない場面も出てきます。
 他者の助けが得られないことを想定すると、自分の読み方を常に批判的に検証する、という姿勢が必要になります。

 これは、自分の読み方を絶対視・過信しないということです。読み方に限らず、自らの知識・経験を批判的に検証することも実務家に求められる姿勢かと思います。

 自分の中で議論ができる状態になると、目の前の文章が腹落ちして、上辺だけの検討にとどまらず、案件に入り込むことができるようになります。

4 リサーチの作法

 リサーチに関しては、卓越した書籍や法クラの皆様のつぶやき・ブログがありますので、基本的にはそちらにお譲りをしたいと思います。

 ここでは幾つかの留意点に言及するに留めます。 

 まず、リサーチの端緒は依頼者からの相談が多いと思いますが、依頼者の問題設定が正しいとは限りません。依頼者(担当者)はビジネスの現場のプロですが法律のプロではないので、問題設定そのものが誤っている、ピントがずれているケースがあります。

 試験と実務の一番の違いは、実務では問題文を作るのも我々の役目である、ということにあると思います。

 問題設定そのものを問う姿勢については、以下の記事をご参照ください。 

 本格的に文献に当たる前に、あるいは、文献にあたりつつ、問題設定の妥当性についても検証する必要があります。

 次に、リサーチと文献集めはイコールではありません。ニッチな論点であれば文献を探すので一苦労なのですが、実務家・学者にとってある程度の知名度がある論点であれば、文献の量自体はそれなりにあります。

 文献を集め始めるとそれはそれで楽しいのですが、文献を集めまくることで依頼者やチームのメンバーに価値を提供できるか、という点には要注意です(文献を集めまくることが至上命題というケースもありますので、その際には、片っ端から文献を集める必要があります。)。

 司法修習でお世話になった裁判官の言葉を記しておきます。

 「司法修習生は資料収集生になるな」

 問題となっている論点に対する答えを求めて文献を開く前に、まずは、仮説を立てることが有益です。

 というのも、回答の方向性に関する見立て・方向性がそもそも定まっていない段階で、個別の論点の答えを文献に求めても、その記載に辿り着くことができないことが多いからです。

 リサーチは大きく二つの段階に分けることできます。初期段階に行うのが仮説を立てるためのリサーチ、次の段階が個別の論点に対するリサーチです。
 当該分野の全体像を掴みにいくのが初期段階のリサーチで、馴染みのある分野に関しては、初期段階のリサーチは不要になるケースも多いです。

 狭義のリサーチとでもいうべき、文献・裁判例を検討する段階においては、リサーチの過程(メタ情報)を記録しておくことが後々役に立ちます。

 リサーチの過程を記録する目的は、リサーチが十分かを検証する際に必要な情報を確保することにあります。
 具体的には以下のような情報を手控えとしてもっておくということになります。

〈判例・文献検索〉用いた判例・文献検索ツールと検索語句の履歴、検索件数
〈文献情報〉参照した文献の該当箇所の情報(当該文献には記載がなかったという情報を含む)

 リサーチ結果は文章でまとめることが多いと思います。その表現については、後述する「表現の作法」と重なりますが、回答を受け取る立場になったつもりで、作成した文章を見つめることが有益です。

 例えば、次のような視点で回答案を眺めてみると気づきがあります。

・結論が先に明示されておらず、法律の説明が抽象的な始まったらどう思うか
・事案の解決と関係なく、条文と趣旨が説明されていたらどう思うか
・担当者としてやるべき次のアクションが見えないとどう思うか
・誤字脱字だらけの回答をもらったときに内容面に疑義が生じないか

5 表現の作法

 表現に関しても、法律文書の書き方を解説した卓越した書籍があるなかで、このトピックに触れることには躊躇を覚えます。

 そのため、詳細はこれらの書籍に譲るとして、ここでは実務家として必要なマインドに触れたいと思います。

 それは、読み手を徹底的に意識した文章にすることです(このエントリーが読み手を意識できているのかについては、コメント等をお待ちしております。)。

 テクニカルなところはさておいて、読み手を意識していない文章は、ただのポエムなのです(ポエムを見下す意図はなく、あくまで法律実務家が実務において書く文章としてふさわしくないという意味です。また、ブログには少なからずポエムの要素があるということで、この記事の完成度についてはご容赦を頂きたいと思います。)。

 法律実務家が日常的に作成する文章に関しては、例えば、次の読み手が想定されます。

・依頼者への回答案をレビューする上席
・依頼者の担当者
・担当者以外の依頼者のメンバー(当該回答が依頼者内部で展開されることを想定)

 読み手が誰なのかに応じて、必要な情報は変わってきます。

 私自身の反省として、新人の頃、依頼者への回答において、権威のある文献・リサーチした文献の文章を引用して、理論的な理由付けを長々と述べがちでした(今も、争いのある論点等に関する回答においてはどうしてもこういった形になってしまうことがあります)。

 依頼者が理論的で詳細な説明を求めているのであれば、それは読み手を意識した文章です。しかしながら、依頼者が通常求めているのは、依頼者が向き合っている問題への考え方と採るべき次のアクションです。理論的で詳細な説明は、弁護士の自己満足であることが少なくありません。

 ここで、ショウペンハウエルの次の言葉と向き合っておきたいと思います。

「世間普通の人たちはむずかしい問題の解決にあたって、熱意と性急のあまり権威のある言葉を引用したがる。」

ショウペンハウエル『読書について 他二篇』(岩波書店、1983)19頁

 この言葉を引用すること自体がショウペンハウエルの言葉の意味を際立たせてしまうわけなのですが、その危険を冒してもなお、実務家が心に刻んでおく必要のある言葉だと思います。

 読み手を徹底的に意識した文章、読み手に届くように推敲された文章には心を打つものがあります。法律文書は扱うトピックの堅さゆえに、心の打ち方は小説などとは異なりますが、優秀な実務家が書いた文章は熱を帯びていて、それでいて冷静で、問題を解決へと導くエネルギーに溢れています。その熱とエネルギーはたしかに読み手の心を打つのです。

 そういった文章は一朝一夕のテクニックで書けるものではないのだと思います。

 テクニックに走らないことの大切さについて、『思考の整理学』でお馴染みの外山先生も次のように述べています。

「ことばの表現は心であって、技巧ではない。胸の思いをよりよく伝えるには技術があった方がよい。しかし、この順序を間違えないことである。心のともなわない技巧がいくらすぐれていても、ことばの遊戯に終る。ことば遊びが目的の場合は別として、ひとの心を打つ文章を書くには書く人の心がこもっていなくてはならない。」

外山滋比古『文章を書くこころ』(PHP文庫、1995)45頁

 ここまでは、書くという表現について触れてきましたが、法律実務家と切っても切れない表現は話すことです。

 話すことについて触れる余裕がもはやなくなってきたので、私が壁に貼っているポストイットの言葉を記すに留めます。

「ゆっくり、はっきり、落ち着いたトーンで(早口・しゃべりすぎ という単語にばってん)」

 私は地声にあまり落ち着きがなく、意識しないと声がどんどん高くなります。また、小学校の先生に、君は口から生まれてきたのかと苦言を呈されるくらい、放っておくとしゃべりすぎてしまうのです。それゆえ、この言葉を目に入るところに掲げています。

 なお、電話や打合せでどんどん早口になって声が裏返るので、まだまだ修行が足りていないことは明らかです。

6 知的体力のメンテナンスと向上

 上述した「長時間仕事をしていれば、プロフェッショナルになれるわけではない」という点と関係しますが、日々のパフォーマンスを上げるため、(知的)体力のメンテナンスをすることは欠かせません。

 どんなに忙しくても、プライベートの時間は確保すべきです(入所して間もない時期はさておき、ある程度時間が経った段階で、プライベートの時間を全く確保できないということであれば、別途方策を考える必要があります。)。

 仕事から離れることで仕事が相対化されて、広い視野で物事を見ることができるようになると感じています。

 また、20代の頃はあまり感じないかもしれませんが、特殊なハードワーカーを除き、我々の心身は仕事だけをすることに耐えられるようにはなっていません。どんなにテクノロジーが進化しても、当面の間、人間はコンピュータにはなれないのです(コンピュータだってずっと稼働させていると壊れます。コンピュータは替えがききますが、我々の心身はコンピュータのように替えがききません。)。 

 知的な(基礎)体力は、様々な領域を学ぶことで向上するという感覚があります。これは、私が法律と会計という異なる領域について、基本的な知見を有した上で感じることです。

 ある分野だけを学んでいるとどうしても知識・経験が蛸壺化してきます。他の分野を学ぶことで自らの専門分野が相対化されて、違った景色が見えてきます(ちなみに、昨今は「教養ブーム」といっていいような状況なように感じますが、ここでの学びは、切って張ったような知識を念頭においているわけではありません。表面的な物知り博士になったところで、自らの専門分野は相対化されないように思います。)。

 専門分野以外を学ぶといっても、会計を含めた法律とは全く異なる分野を専門的に勉強することだけではなく、普段は扱うことの少ない法律の領域を学ぶことでも、自らの専門分野が相対化されると思います。

 法律実務家になる、ということは一生学び続けることと同義です(勿論、ここでの学びは机の上での学びにとどまりません。)。
 弁護士になって5年が経ちましたが、まだまだ学ぶべきことが多いと実感しています。知的体力のメンテナンスと向上は欠かせないと思う毎日です。

 末尾になりますが、修習が始まった皆様は、是非有意義な1年をお過ごしください。
 それから、弁護士登録された方は、修習お疲れ様でした。ようこそ実務の世界へ。これから是非一緒に切磋琢磨していきましょう。


 ここまでお読み頂きありがとうございました。
 明日はみみずくさんです!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?