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すすったうどんの数だけ強くなれるよー「本格手打もり家東京店」を訪れて

山手線浜松町駅から徒歩すぐのところに、ポンテせとうみという施設があり、その中に、「本格手打 もり家 東京店」という、うどん屋さんがある。
香川県高松市に本店をかまえるこのうどん屋さんは、現地でも大変知名度があり、そのお店の東京店である。
 
土曜の昼どきに訪れたため、しばしの待ち時間があったが、流石はうどんの人気店である。
その美味しさゆえに、お客さんの箸が進むのも早いのか、うどんに期待を膨らませるのに丁度いいくらいの待ち時間であった。
 
私は、ちくわ天とたまご天が添えられたぶっかけうどんを頂いたが、大変おいしかった。
ほどよい弾力の麺とだしがよく絡み合い、香川のうどんは違うなと、改めて認識させられるうどんである。
 
うどんをすすりながら、私の脳裏にはある思い出がよみがえってきた。

 
***
 

私が通っていた高校は、いわゆる一貫校で、よほど成績・素行が悪くない限り、大学に内部進学することができた。
 
大学受験をしない人が多数であり、私の頃はたしか学年全体で8組あって、大学受験をする予定のある生徒専用の組(受験クラス)が1組あった。私は受験クラスに属していた。

他の大学に受験をする場合、大学に内部進学をする資格を得ることができないので、背水の陣となる。大学受験に失敗したので、内部進学させてください、と言ってみてもそれは意味をなさないということだ。
 
高校生にとってのビックイベントである修学旅行には、受験クラスの生徒を含めて参加することになっていた。
 
修学旅行の行先は何か所かに分かれ、その中に、太宰府天満宮に訪れる日程を含む、九州コースがあった。
 
太宰府天満宮といえば、学問・文化芸術の神様である菅原道真公を祭った場所である(理系で受験しており、選択科目も倫理学と徹底的に歴史を忌避していた私も、それくらいのことは知っていた。)。
 
受験クラスの生徒からしたら、九州コースに行き、是非とも、菅原道真公のご加護のもとで、受験を乗り越えたいという願いがあった。
 
そして、他の内部生よりも必死に勉強して、苦労しているという自負から、受験クラスに九州コースが割当てられて当然であるという、中二病とでも言うべきか、かわいいエリート意識があったことは否めない(内部生は卒業論文を作成することが大学への内部推薦の要件となっていたので、内部生が遊びほうけていたということは毛頭ない。ただ、受験生にとって、自分たちはほかの生徒よりも頑張っているという自負が、自らを奮い立たせる側面があることに、ご理解願いたい。)。
 
その年に、九州コースには複数のクラスが応募し、受験クラスは九州コースを引き当てることはできなかった。
ドラフトでここ一番で交渉権を獲得できない監督が如しである。
 
受験クラスには四国コースが割当てられた。
 
修学旅行初日に四国に降り立ち、うどんをすすった我々の顔に、笑顔はなかった(あるいは、飛行機に搭乗するということで爆上がりしたテンションがひと段落して、冷静な気持ちになっていただけかもしれない。)。

なぜ、この時期に、我々は太宰府天満宮への訪問ではなく、うどんをすすっているのか。
その思いを拭い去ることができなかったのだ(未成熟だった我々をどうか許して欲しい。そういった自分勝手な感情を一つ一つ整理していく過程で、我々は少しずつ大人になっていくのだ。)。
 
ちなみに、苦しいときの神頼みをすることを許されず、背水の陣で受験を乗り越えることを余儀なくされたその年の受験クラスは、当時では過去最高の合格実績だった(はずである。)。
 

***
 

うどんという食べ物は身近な食べ物であるがゆえに、様々なシチュエーションで食されるものである。
 
うどんに罪はないが、必ずしも、楽しい思い出ばかりでないこともある。生きていれば、涙を抑えながら、うどんをすすった夜(夜である必然性はなく、朝でもいいのだが)もあるだろう。
 
それでも、うどんは、その懐の深さで、その弾力で、そののどごしで、我々を包み込んでくれるのである。
 
うどんを通じて、高校生だった私と社会人になった私が久しぶりに会話することができたのだ。感謝を込めて、定期的に訪れることとしたい。
 
ご馳走さまでした。

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