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サイコパス兄貴
兄が二人いる。
年がそれなりに離れていて長兄とは7歳、次兄とは4歳差がある。男三兄弟の末っ子。
同じ境遇の方がいればきっとわかってもらえるだろう。
男三兄弟の末っ子がどれほど不遇な家庭生活を送るかを!
みんなで食べる系のお菓子は手の届かないとこに隠され、個人用のお菓子はぐずぐずしてると勝手に食べられる。
焼肉では「鶏肉が一番高級なんだ」と嘘を教えられ小学生の間中、ずっと牛肉は兄に横取りされていた。
7歳と4歳差だ。
到底、体格ではかなわない。
今でこそ全員同じ背格好だが、小さい頃はそれはそれは恐怖の対象だった。
理不尽に怒る。
気に食わなければ殴る。
口げんかで挑んでも最終的には力づくで泣かされて終わる。
私にとって兄とは、頼れる存在ではなく、急に訪れる台風のような災害と同じだった。
【 ドラクエ事件 】
次兄の話をしよう。
4歳差だ。一番揉め事を起こしてきた。
私が中学生、次兄が高校生の時。
一世を風靡したものが現れる。
通称:ドラクエ
そう!ドラゴンクエストだ。
ドラクエ1、ドラクエ2、と発売し不動の人気を獲得。満を辞して1988年に発売されたのが「ドラクエ3」だ。
当時のドラクエフィーバーは凄まじかった。
そのあまりの人気ぶりにソフトは品薄。入手困難。発売日に店には長蛇の列。巷では「ドラクエ狩り」なるものまで現れたほどだ。
一つの社会現象となった。
そんな人気のソフト。
もちろんお高い。
お小遣いでは到底変えない。
発売日が決まりお店への予約が始まるころ。
次兄が私に提案してきた。
「おい、智哉。二人でお小遣い出し合って買おうぜ」
渡りに船とはこのこと。
自分のお小遣いでは買えなかった私は、次兄のこの話に飛び乗った。
「店の予約は俺がしとく。」
どういうルートを使ったのか?
兄は当時入手困難と言われていた「ドラクエ3」をちゃっかり発売日に買ってきた。購入代金の半分を兄に渡す。
これで晴れて「ドラクエ3」は二人のものとなった。
次の日から。
兄は凄まじい勢いでドラクエをやり出した。
ガンガンと進める。
「手に入れたのは俺のおかげやからな!」
という理由で、やる順番は兄が優先だった。
当時私は中学生。次兄は高校生だ。
どう考えても兄の方が勉強で忙しいはずなのに毎日ドラクエを進めていた。
私は毎日待つばかり。
兄が遊び終わるまでドラクエに触ることができなかった。
それは夜まで続く。
結局、私がドラクエを出来る時間は、夕方のわずかの時間。
中学生の私の方が、少し帰宅が早い。
次兄が家に帰ってくるまでの時間。
その隙間で少しづつ進めるしかなかった。
そして開始からわずか1週間。
兄は見事クリアした。
兄のプレイ画面はネタバレになるのが嫌で一度も見なかった。
どんなエンディングだったのだろう?
ワクワクが止まらない。
(よ〜し、俺も!!)
とは言え、その時点で私はまだ3分の1も進んでいなかった。
兄がクリアした次の日。
帰宅した私は、いつものごとく兄が帰ってくるまでに進めておこうとファミコンの電源をつけた。
が、おかしい?
この1週間、ずっとファミコンに挿さったままの「ドラクエ3」がない。
あれ?あれ??外れたか?
周囲を探すもドラクエは出てこない。
(さては、、勝手に進めないように隠したな)
これには憤った。
自分はもうすでにクリアしたのに。
なぜ、こんな嫌がらせをするのか。
数時間後、高校から帰宅した兄を問い詰める。
「兄貴!ドラクエをどこに隠してん!」
「?」
キョトンとする兄。
「ああ、売ったぞ」
はああああああああ??????
「俺、もうクリアしたからな」
「さすが人気や。ええ金で下取りできた」
「ほら、半分。お前の分や」
ホクホク顔でいくらかの札と小銭を私に放り投げた。
「俺、まだ終わってない!なんで売るねん!!」
「は?? クリアするの遅いお前が悪いねん」
遅いも何も。
ずっと兄が独り占めしてできなかった。
どう考えても同じ日にクリアできるわけがない!
「お前、アホかーーー!!!」
これにはキレた。キレまくった。
まだ途中のドラクエ。
これからやっと出来ると思っていたドラクエ!!
まだ見ぬエンディングを夢見ていたドラクエ!!
いろんな感情が溢れ出し、泣きながら兄貴に掴みかかった️。
ドカッ!!バキッ!!
あえなく、返り討ち。
中学生になっていたとはいえ、まだ体格では高校生の兄に勝てなかった。
「えぐ、えぐ、うぐ、、俺の、、ドラクエ、、、」
「アホか。何キレとんねん。せっかく高く売ってきたのに」
次兄は私が何に腹を立てているのか。
本気でわかっていなかった。
自分はクリアした。
もう遊ばない。
最速で売ればお金になる。ウマー
弟にもちゃんと売り上げを半分渡す。
みんな嬉しい!
と、本気で思っていたのだ。
こんなの。
サイコパスやろ!?
一事が万事。
次兄はこういう「空気を読まない」行動が山盛りだった。
次兄が結婚し子供をもち、家庭を築いたのは奇跡と言える。
義姉には賛辞を送りたい。
【 30年の時をこえ 】
コロナ渦の昨年の春。
我が家も「お篭りシーズン」となった。
久しぶりに新しいゲームを購入しようと任天堂のショップのページでSwitch対応のソフトを探していた。
その時。
新作とは別のコーナーに懐かしい作品がリバイバルで並んでいる。
その中に。
あったのだ。
あの途中でクリアできなかった「ドラクエ3」が!
ああ!これだ...
また、、会えたね...。
私は速攻でカートに入れ、ダウンロードした。
そこからおよそ1週間。
私は仕事をセーブし、ドラクエ3に没頭した。
最初のオープニング。
あの音楽とタイトルロゴが出てきた時、涙が出るほど感動した。
30年前に途中で途切れた冒険の続きが始まるのだ。
1週間後。。
私は見事にクリアした。
「石橋を叩いて渡る」「勝てる勝負になるように準備を怠らない」
この30年でそんな処世術を身につけていた。
最後の戦いに挑むまでにゴリッゴリにレベルをあげ完璧なパーティーを組んだ私はラストのボス敵ゾーマに圧勝した。
こんなもの...だったか?
中学生のあの時。
死ぬほどハラハラドキドキしながら進んだダンジョン。
MPが足らず回復もできず全滅直前の緊張感。
何度やっても正解に辿りつない塔の迷路。
あれほどの高揚感はきっともう感じることは出来ないのだろう。
子供だったからこそ没頭できるものがある。
それを奪われた恨みは大きい。
忘れていた怒りがフツフツと湧き出した。
携帯を手に取り、兄に電話をかけようかと思った。
だがきっと無駄だ。
「何、勝手にキレとんねん?」
と返されるのがオチだ。
サイコパス兄貴が...!
心の中で悪態をつくに留めた。
流れるゲームのエンディングロールを見ながら、私は30年ぶりに兄への呪詛を呟いていた。
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illustration: のんち(@Nonchi_art)
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