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白黒はんぶん

持ってる男だ。

通学路の帰り道。
みんなで近道をする。
住宅街の垣根の穴から穴へ。
横へ突っ切ることでショートカットができる。
一人目、通過。
二人目、通過。
三人目の私が通ると...
ガブ!!
犬にお尻を噛まれた。

カブスカウトでのキャンプ。
みんなで隊列を組んで道を歩く。
ある大きなお家の横を歩いている時。
柵から大きなセントバーナードが飛び出し...
ガブ!!
太腿を噛まれた。
この時は大量に出血し病院に運ばれた。
今でも少し傷が残ってるほど。

つまり。
それくらい私は持ってる。
犬に噛まれる運命(さだめ)を。

【 馬がみたい 】

さて。
小学校4年の時だったか。
あるブームがおきた。
「馬の牧場があるらしい」
コロちゃん(仮名)がどこかでその噂を聞きつけてきた。
「団地の前の道あるやん?あれを学校の反対にひたすらまっすぐ行くらしい」
「その先に馬の牧場があるねんて!見にいかんか?」

私たちの団地は小高い丘に作られた振興住宅街。そこから小学校まで徒歩で40分くらいかけて通っていた。
その小学校方向には駅もあり、商業施設もあり、よく出かける。だが反対方向は、田んぼと畑が延々と続く風景。団地の子供もそちらへ遊びに行くことはほとんどなかった。

「面白そうや」
「よし、馬を見にいこう」
団地のメンバー三人で、その牧場を探しに行くことになった。

メンバーは私とコロちゃんとフジもん(仮名)。
それぞれ自転車を用意して。
まだ見ぬ地平へ、牧場を探す探検に出ることになった。

【 ヤツとの出会い 】

自転車を延々30分ほど走らせただろうか。
遠くに赤いくすんだ屋根が見える。
そして白い枠で囲われた大きな運動場みたいなもの。
あれだ!
とうとう見つけた。
馬の牧場だ。

何か看板があったが、知らない漢字で読めなかった。ずっと後になって知ったが、そこは某大学の馬術部の施設だった。

私らは道に自転車を止めた。
柵を乗り越え、いそいそと厩舎の方へ向かう。
今考えると、完全に不法侵入だ。
そんな言葉さえ知らない小学生のことだ。
ここは見逃して欲しい。

さて、厩舎に辿り着き、中を覗いた。
干し草と馬糞が混ざったムワっとした匂い。
初めて嗅ぐその匂いにむせながらも厩舎に入る。

すると!
「いた!馬や!馬がおる!」
歓喜した私たち。
厩舎の中には数匹の馬がつながれていた。

「うわ〜でかいな」
「さわれるかな」
その距離、馬まで5mほどだったろうか。
馬の方に近づいて行こうとしたその時...

ワンワンワンワン!!!!!!
すごい雄叫び。
奥から数匹、犬が飛び出してきた。

「うわーーーーーーー!!!」
一目散に走った。

ワンワンワンワン
ガウガウガウガウ!!
追っかけてくる。

「逃げろーーーーー!!!」

皆さん。
野犬に追いかけられたことはあるだろうか?
その迫力たるや。
中型犬くらいの大きさでも歯を剥き出して唸り声をあげてこちらに向かってくるとものすごい迫力だ。
めっちゃくちゃ怖い。

厩舎を飛び出し、草の原っぱに出る。
犬はガウガウすぐ後ろまで迫ってる。

「あかんあかんあかんあかん」
もう半泣きだ。
「こっちや!戻れーーーーー!!」
一番足の早かったコロちゃんが柵を飛び越えた。

私とフジもんもそっちへ転がるように走った。
必死の思いで柵を飛び越える。

ガウガウガウガウ。
ウ〜〜〜〜〜〜.....


柵の直前で犬は止まり、低く唸り声をあげた。
まるで侵入者を追い払うかのごとく。
こちらを威嚇している。
柵の周りを何度か巡回して、犬は厩舎の方に戻って行った。

「アイツがヤバかったな、みたか?」
コロちゃんがいう。
「ああ、白と黒の模様のヤツやろ?」
「あれ、ヤバイ」
「きっぴ、めっちゃ狙われてたな」
「やっぱり?こっちばっかくんねん」
その白と黒の模様の犬は、犬たちのリーダーのようで、執拗に私を追いかけてきた犬だ。
他の茶色い犬たちが厩舎を出たところで追いかけなくなったのに、この白黒模様の犬だけは柵のところまで追いかけてきた。

白と黒の半分模様のアイツ。。
私たちはその犬を「白黒はんぶん」と名付けた。
おそらくヤツがボスだ。
アイツをどうにかしないと。

その日はそれからどうすることもできずに帰ることになった。

【 作戦決行 】

次の週。
私たちはもう一度牧場に向かうことになった。
馬がみたい。でも厩舎にはヤツがいる。
誰かが「白黒はんぶん」を引きつける。
その間に残りの二人が馬をみる。
いわば「おとり作戦」だ。
もうお分かりだろう。
もちろん、囮役は「白黒はんぶん」に熱烈に好かれていた私になった。

子供の考えることは浅はかだ。
「いざとなったらこれ投げたらええねん」
コロちゃんが私に小石の束をくれた。
アホか!
こんなもので野犬と戦えるか!

などと。
当時小学生の私たちは1mmも思わず。
完璧な作戦だと思い込み決行することになった。

牧場についた。
作戦はこうだ。
まず、私が厩舎に向かう。
そこであえて、犬たちに見つかる。
厩舎の向こうの原っぱに丸太で組んだ、山のようなものがあった。
そこまで犬を引きつけ、自分は丸太山に登る。
その隙に他の二人が厩舎に潜入するという段取りだ。

作戦決行。

私はブルゾンの両ポケットに小石を詰め込み厩舎に向かう。
後ろからコロちゃんとフジもんも忍び足でついてくる。
厩舎の前まできた。

コロちゃんとフジもんが少し離れた厩舎の壁に張り付いた。
(いけ!)
(わかった)
アイコンタクトを交わし、私は厩舎の扉を引いた。

【 最強の野犬 】

扉を開けて中に進む。
あれ?馬がいない。
広々とした厩舎。
馬のいない厩舎の中へ私は足を踏み入れた。
油断はならない。
ヤツが出てくるかもしれない。

キョロキョロ周りを伺いながら進む。
厩舎の半分くらいまで進んだ時。
私は見た。

厩舎の一番奥。
地面にうずくまる塊。

ヤツだ。。。

そっと後ずさりをする。
気づくなよ...
気づくなよ...

その塊がゆっくり首をもたげた。
白と黒のはんぶん模様。

ヤツは私に気づいた。
こちらをじっと見ている。
くるなよ...
くるなよ...

手には汗がびっしょり。
じりじりと後ずさりを続ける

むくりと起き上がり低く唸る。
ウ〜〜〜〜〜.....
(くる!!!)
直感が叫んだ!
(逃げろ!!!)

私は踵を返し、出口に走った。
途端に後ろから大きな声。
ワンワンワンワンワン!!!
「うわーーーー!!!!!」

厩舎を飛び出し、原っぱに出る。
作戦のことなど頭からぶっ飛んでいた。
でも、幸か不幸か。
私は目に入った丸太の山に向かった。

エピソード#5Ver2


ワンワンワンワンワン!!!
捕まらないようにジグザグに走る。
走る。走る。
ガウガウガウガウ!!!
何度か白黒はんぶんの口が横をかすめる。
もうすぐそこまで来ている。
ヤバイ!っと思ったその瞬間!

ガブ!!!!
私のブルゾンに白黒はんぶんが噛み付いた。

その瞬間!
ぎゃう!!
白黒はんぶんが飛び退いた。

ぶちぶちぶちぶち。
ちぎれ飛ぶポケット。
ヤツはポケットに入れた小石の束を噛んだのだ。
白黒はんぶんが怯んだその隙に、丸太の山になんとか辿り着き登った。

泣いた。
マジで泣いた。
怖すぎる。。
下には歯を剥いた犬。
明らかに憎悪の目でこちらを睨む白黒はんぶん。

私は丸太の山の上でどうすることもできず泣きながら犬に吠え立てられていた。

【 大団円 】

その時。
丸太の山でうずくまってる私の方へ馬を引いたお姉さんがやってきた。
「こら!あっちいき!」
丸太の下で吠えたてる犬たちをシッシと手で追い払う。
あれほどいきり立っていた白黒はんぶんも途端に大人しくなった。

「あんた、何してんの?」
「うま、うまぁ、馬をみにきてぇ...えぐ、えぐ」
泣きながらお姉さんに伝えた。

「そうなんや。でも勝手に入っちゃダメよ」
「なんで逃げたん?大人しい子(犬)なのに」
「人を噛んだことなんてないよ。あははは。」

いやいやいやいや!
いきなり飛びかかってきたやん!
めっちゃ噛まれたやん!
ポケット引きちぎられてるやん!

今なら突っ込めるが、当時は放心状態でそれどころではなかった。
それより、お姉さんは丸太山から私を救ってくれた女神だった。

あとはお姉さんから聞いたお話。
白黒はんぶんと2匹の茶色い犬は、厩舎に住み着いた野良犬。
馬の番をしてくれてるので、そのままにしているとのこと。

色々とゆるい時代だった。

そのあとコロちゃんとフジもんも合流し。
三人で馬をなでさせてもらった。
お土産に「蹄鉄」をもらった。
U字型のヤツだ。

お姉さんに見送られ私たちは柵のところまで戻ってきた。
厩舎の方から白黒はんぶんがこっちを見ていた。
私もヤツを見返した。
白黒はんぶんはプイッと踵を返し、厩舎の中に戻って行った。

「あ〜楽しかった」
「蹄鉄もろた。みんなに自慢しよ」
能天気な二人を横目に。
私は破れたブルゾンの言い訳を母にどう言おうか必死に考えていた。

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illustration: のんち(@Nonchi_art


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