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野山のムコウ

私が育ったのは豊かな自然が残る田園地帯。
小高い丘を切り開いてできた新興住宅団地。
有名な大きなゴルフ場がすぐ側にあり、そのゴルフ場の名前から「みどり丘ゴルフ団地(仮称)」と呼ばれていた。

その団地は丘の上から下まで緩く広がるように家々が並ぶ。
およそ200戸くらいだったろうか。
団地の上の方はまだ丘であった名残で山林が残っていた。
その山林のすぐ側、丘の頂上部分の家に住んでいたのがコロちゃん(仮名)である。
前に馬を一緒に見にいった友達だ。
コロちゃんの家の裏から、その山の部分に入れる。
私たち団地の子はみんな「コロちゃんの裏山」と呼んでいた。

【 トムソーヤに憧れて 】


小学5年生のころ。
「木登り&基地づくり」がブームに。
トムソーヤはご存知だろうか?
あの本の中で木の上に作った家が出てくる。
まるで秘密基地だ。
もう挿絵を見た時からワクワクが止まらない。

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当然「これを作ろうぜ!」となった。

コロちゃんは自宅裏が山だったせいか木登りが一番得意だった。
裏山の木を調べ基地に適した木を見つける調査班のリーダーに。
私は基地の設計と材料の調達を担当する設計班のリーダーに。
それぞれのスーパーサブとしてフジもん(仮名)がつく。
いつもの三人で基地づくりが始まった。

当時、裏山には団地のみんなが遊びにきていた。
子供の考えることは皆同じだ。
木登りや基地づくりに適した「いい木」は上級生の先約がある。
その木に布が巻いてあれば「売約済み」だ。
裏山に入ってすぐ、見晴らしのいい木はほとんどが上級生に取られていた。

我々はもっと奥へと調査を進めた。
丘の上に残った裏山といえど、それなりの広さがある。
山に入って50mも進むと草が生い茂り人の手も入らず鬱蒼としてくる。
調査は困難を極めた。

調査を始めて数日目。
裏山の入り口から100m以上も進んだ場所。
コロちゃんが1本の木に目をつけた。
周りに比べ一際高い。枝も左右均等に羽振りがいい。
だが。
最初の2mくらいまで、何の枝もない。
木登りには適さない、いわゆる「悪い木」だ。
だがコロちゃんは「猿」と言われるほど木登りが得意だった。
枝のない幹を器用に上り、一番最初の枝に足をかけ、こちらに手を伸ばす。

おおおお!
私もフジもんも驚いた。
そしてコロちゃんの上から伸びた手を取った。
「これなら届くやろ?」

場所は決まった。

【 基地づくり 】

私は設計班。
ノートに書いた基地の設計図を出した。
今ならググればいろんな情報が入っただろう。
でも当時の私にはトムソーヤの挿絵だけが頼りだった。

(これどうなってんねん?)
(わからんぞ...?)
(この屋根どうやって作るねん?)

今さら作り方がわからないとは言えない設計班リーダー。

考えた手順はこうだ。
1、床を作る。
2、屋根を作る。
3、完成!

アホだ。
これでいけると見切り発車した。

とりあえず見様見真似で材料を集める。
調達はみんなで手分けした。

まずは床板となるベニヤ板を探す。
手分けして60cm x 60cmほどの木の板を3枚見つけた。

次に、板を固定する「ツル」の確保。
これはそこら中に生えていた。

最後に屋根となる部分。これは山型になればいい。枝を斜めに組めばできるはず。「基地の木」の周りに生えている枝を折って使うことにした。

床板の設置はコロちゃんの役。
上に登ったコロちゃんが、一番大きな枝の幹側の根本に板をくくり付ける。
が、うまくいかない。当然だ。
腐りかけた板を、大きな枝にツルでくくり付け水平を取ろうとしてるのだ。
そんな施工、子供ができるはずがない。

私が下から指示を出し、上のコロちゃんが悪戦苦闘をしツルをぐるぐる巻いていく。ようやく板が1枚だけ枝にくっついた。
プラプラだ。絶対に乗った瞬間に崩壊する。
設計班リーダーは見て見ぬ振りをして次に進める。

「よし、次は屋根や」
トムソーヤの挿絵では壁があったが床から壁を立てる術が全くわからなかった。なので私はその工程を飛ばした。
「壁はいらん」
「枝で屋根を作ってテントみたいにしよう」
「ビーバーの家みたいでかっこいいで」
何言ってるんだ?私は。
「おお、ビーバー?ええな!」
コロちゃんもフジもんも乗り気だ。
ほんとバカである。

かくして屋根造りが始まった。

【 基地の中の基地 】

「基地の木」の周りにはちょうど腰の高さくらいの低木が生えていた。
そこらへんに群生してる。
バキッ!
子供の力でも十分折れる。
「これちょうどええな」
「葉っぱも結構ついてるし」
やや赤みの入った大きめの葉っぱがついていた。
その葉っぱも柔らかく、触り心地がいい。
三人で手分けして、その葉っぱの木の枝を折り、三角のテント型に組んでいく。
途中、枝と枝をツルで結んでいく。
小一時間ほど格闘しただろうか。
なんとか「子供三人」がかがめば入れるくらいのスペースのテント型屋根を作り上げた。
「よっしゃーーーー!!」
「できた!屋根ができた!」
三人皆で歓喜の声をあげる。

あとはこの屋根を木の上にあげるだけ。。

はい。
お気づきの方もいるだろう。
どう考えても無理だ。
木の上に設置した床は今にもずり落ちそうなベニヤ板一枚。
屋根部分はそれの3倍以上の大きさがある。
しかも、それを木の上にあげる手段を何も考えてなかった。

途方にくれる設計班リーダー。

「...基地や。。」
「うん?」
私は出来上がった三角の屋根を指差した。
「これは、基地の中の、さらに秘密基地や」
「ここは大事なものを隠す所にしよう」

苦しい言い訳だ。
今さら木の上にあげれないとは言えない。
「そうか!基地の中の秘密基地か!」
「それは、ええな!」
本当にコロちゃんもフジもんもバカだ。
私の苦し紛れの提案を喜んで受け入れた。

フジもんが秘蔵の「山で拾ったお宝」を持ってきた。
それは女の人が縄に縛られ木馬に乗った漫画だった。
蝋燭をたらされ何か喚いている。

今なら意味がわかる。
SM雑誌だ。
そのインパクトたるや!
35年たってもいまだその絵を覚えている。

「ちょ!お前!どこで仕入れてん!」
私もコロちゃんも色めき立つ。
そのお宝はしっかり屋根の基地に隠された。

【 野山のムコウ 】

屋根をあげるのを断念した我々。
結局、身一つでその木に登ることになった。

コロちゃん、フジもん、私。
三人で一番はじめの大きい枝に乗った。
足元の床はプラプラだ。
これに座れば全員落下する。

もういくらアホな私らでも理解した。
「・・・登るか...」

床板で寝そべる夢は断たれた。
あとは高みを目指すしかない。
なぜかそんな気がしたのだ。

コロちゃんが先頭になり、ひょいひょいと上に登っていく。
とても高かった。
ひょっとしたら10mくらいはあったかもしれない。

子供心に「落ちたら死ぬな」という恐怖を感じるほどの高さだった。
それでも三人でどんどん登る。
その木は最初の部分に枝がないだけで、一旦上に登ってしまえばスルスルと登っていける「いい木」だった。

やがてコロちゃんがてっぺんにたどり着く。
「うおおお、すげぇ!」
コロちゃんが歓声をあげている。
私もフジもんも彼の通った道順通りに枝を踏んで登っていく。
やがて三人全員が木のてっぺんにたどり着いた。

「おおおおお....」

私は息を飲んだ。
登ったてっぺん。顔の前の小枝とその葉っぱをかき分けたその緑の茂みの向こうに見えたのは...
広がる森。その下に続く田園。
団地を囲むように広がるゴルフ場の林。
そしてそのさらに向こう側。
街だ。
夕日を受けて街は黄金色に輝いている。

エピソード#8

小高い山の頂上の、一番高い木のてっぺん。
おそらく、その周辺では一番高い場所から。
私たちは街を見下ろしていた。
まるで別世界。
それは蜃気楼に霞む、幻の都市のように見えた。

そのまま30分くらいだろうか。
私たちは木のてっぺんでその遠く霞む街を見ていた。

【 後日譚 】

そのあと。
私ら三人は地獄を体験する。

屋根づくりの時に使った木の枝。
実はそれが「漆の木」だった。
赤っぽい緑の柔らかい葉っぱ。
折ったりしてその汁をたっぷり浴びていた。
私の場合は両手の肘から下すべてにブツブツができた。
まるで明太子の粒を両手に塗りたくったかのように赤いブツブツに覆われた。
あれほどの痒みを経験したことはない。
もう、まさに地獄だった!

コロちゃん、フジもんも例に漏れず。
漆かぶれを起こしていた。
「どこで漆にかぶれてん?」
「こんなになるまで、何をした!」
それぞれの家で執拗な尋問が親から行われた。

だが。
我ら三人。

誰一人として口を割らなかった。
あの場所。
屋根の基地に隠したあの本。
あの存在がバレてはいけない。。

暗黙の了解があった。

かくして我らの秘密は守られた。
漆のかぶれが引いても。
結局、それ以来、屋根の基地には訪れることはなかった。

今でも思い出す。
あの木のてっぺんから見た黄金の街。
きっと今見ればどうってことないのだろう。
でもあの時はそれが最高に輝いて見えた。
冒険のラストシーンのように刻まれている。

それは今も。

私の心の柔らかい部分を刺激する。
野山のムコウ。

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illustration: のんち(@Nonchi_art



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