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三浦半島最高峰の大楠山へ REMAKE

僕が今まで書いた旅行記の中で、最も気に入っているものの一つをリメイクしてみた。およそ10年前の山行記録だけど、楽しんでもらえたらと思う。若かったので、痛いことを書いているのはご容赦願いたい。

ここから本編

夏のある日曜日。起きて窓を開けると晴天だったので、山に登ることにした。目的の山は神奈川県の三浦半島最高峰、標高241.3mを誇る「大楠山(おおぐすやま)」だ。ハイキングといった方が相応しいと思うが、最後に山に登ったのは4年前の富士山なので、ブランクがある僕には丁度いい。

愛車のドラッグスター(バイク)に跨り、山へ向かう。起きてから何も口にしていないので空腹状態だが、これは頂上でのお弁当を最大限楽しむための策。近所のスーパーに寄り、おにぎりとスポーツドリンクを購入して準備は万端だ。

(当時の)ホームページによると、この山の登山ルートはいくつかあり、その中でも割りとハードな「衣笠ルート」を選んだ。このルートは、まず衣笠山という標高134mの山を登り、それを下ってから大楠山に登る。このようなルートを縦走という。

所要時間は2時間20分程度と書かれていたが、片道なのか往復なのか判然としない。若干の不安はあるものの、日没までに戻れそうになければ、登頂を諦めて引き返す覚悟はある。

登山口の近くの衣笠山公園に愛車を停めた。僕はその傍らにある看板を見て驚愕する。そこには「午後5時には施錠します。」の文字があった。左腕の赤いG-SHOCKに目をやると、時刻は午後1時を少し回っていた。タイムリミットまで約4時間か。のんびりと歩いてはいられない。

一刻も早く出発するべきだが、駐輪場のすぐ隣に衣笠神社なるものがあったので立ち寄る。人は誰もおらず、静かでこぢんまりとした神社だ。晴天と新緑が相まって、雰囲気は百点満点である。荒削りな狛犬たちに背中を押され、午後1時15分に登山開始だ。

衣笠神社

まずは舗装された道をどんどん登っていく。両端の木々ではミンミン蝉が激しく鳴いており、夏を感じさせた。子供の頃は手掴みで採ることもできたセミだが、カメラを向けた途端に飛んで逃げてしまった。

大学時代、半年間ワンダーフォーゲル部に所属していた者のはしくれとして、難なく衣笠山の頂上に到着する。そこには低い展望台があり、その下で食べ物を頬張っている男が一人いる。その横を通り過ぎて展望台の上まで登ると、景色を眺めてぼーっとしている男がまた一人いた。

小さな展望台なので、見知らぬ人と隣同士でぼーっとするのは空気が重かった。陽気な登山者同士なら会話も弾むのかもしれないが、そんな気は一切起こらない。彼が去ってからやっと景色を楽しむことができたが、周囲を木々に囲まれているので山頂にいる感覚は乏しい。長居する必要もなく、次の男が来たのでその場を去った。

ところで、「登山者同士がすれ違うときには、挨拶をするべきである」ということを、誰からともなく教わってきた。挨拶することは日常でも同じことだろうが、公道ですれ違う見知らぬ人から、いきなり挨拶なんてされたら気味が悪い。ではなぜ、登山中特に挨拶すべきであると教わっているのだろうか。

僕の考えは、遭難者を捜索する際の目撃情報が得やすいからという理由だ。挨拶をすることによってお互いを印象付け、記憶にも残りやすくなる。検索して調べたところ、この考え方も間違いではないようだったが、大事なのは気持ちであるという意見が多かった。

だから、僕は今後、自分から挨拶をするのは止めようと思う。擦れ違う度に挨拶をするタイミングを伺うのが苦痛なのだ。目が合ってから無視するのは厳しいので、なるべく相手の目を見ないようにしよう。山に行ってまでもストレスを感じたくない。(10年以上経過した現在でも、上高地で同じことを思った。これはこれで、我ながら素晴らしい信念だと思う。)

話を戻して、衣笠山を下りていく。この階段はとて長く、しかも標識が不親切だったので、道が合っているのか不安になる。帰りもこの階段を登ること考えると、すぐにでも引き返したい。ましてや、道を間違っていたなんてことになったら……。気が滅入るような考えを振り払い、僕はひたすら山を下る。登山道自体は、木が生い茂っていて、妖精が現れそうな気持ちの良い林道だった。

下りきったところで大きな車道を横断することになる。袋小路なので車通りは無い。その後、森の中に突如として美しい竹林が出現し、ここは京都かと思うくらいの異空間が広がっていた。

いよいよ大楠山だ!と思いきや、その前に衣笠城址というものがある。衣笠城は、平安以来、現在の横須賀市、逗子市、三浦市、鎌倉市の一部を含む三浦郡に勢力を張った三浦一族の本拠だったそうだ。ここには案内板とベンチしかなく、特段心を動かすものは無い。5分座って休憩をして出発した。

衣笠城址

今度こそ目指すは大楠山だ。コンクリートの舗装路があったり、横浜横須賀道路上の歩道橋を渡ったり、ゴルフ場の真横を歩いたり、文明が近すぎて登山をしているのか疑問になってくる瞬間もありつつ、山を登る。

林道なので風景が激変することはないが、飽きることはなく気持ちよく歩ける。視界が開けたり、木漏れ日が射すと気分もアップしてくる。平坦なところも多く、下りと錯覚するくらい登っている感覚がなかった。

折れた木の枝が、別の木のツタに絡まって空からぶら下がっていた。まるで木同士が手を掴み合っているようだ。「ファイト一発!」みたいでおもしろかった。

歩き始めて1時間45分。遂に大楠山の頂上に到達した。到達した瞬間、木々に視界が遮られて、なんも見えねぇ!と思ったが、近くに高い展望台があったのを見落としていた。そこにあがると、本当に360度の絶景が広がっていた。

三浦半島の形がしっかりと分かり、(当時)コスプレイヤーに人気の無人島「猿島」もよく見える。遠くには江ノ島や房総半島も見える!

頂上からの眺め

不思議なことに、日本一高い富士山に登頂したときよりも、最高峰を制した感覚が強い。富士山は大きすぎて、頂上の一点からは360度見渡すことができないからからだろうか。はたまた、住み慣れた町を見下ろす方が親近感もあるし、現実味もあるからかもしれない。

景色を楽しんだら展望台を下り、お楽しみのお昼ごはんだ。他に登山客はいなかったので、我が家かのようにおにぎりを貪り食う。旨すぎる。

ゆっくりする時間はないけど、これだけは欠かせないこと。それは体を大の字にして寝そべっての大休止だ。青空の下で地面に寝転び、風にそよぐ葉の裏側を眺める。ギラつく真夏の日差しを、木々が優しい光に変えてくれる。そのまましばらく目を閉じると気分は最高。できることならば、あと30分このままでいさせて。

大休止

午後3時30分に下山を開始し、駐車場に到着したのは午後4時45分。その後、午後5時過ぎまで駐車場の近くで休んでいたけど、施錠はされなかった。薄々は感じていたが、山頂で過ごせたはず時間を返してほしい。(本編おしまい)

あとがき

この山行記録のどこが気に入っているかといえば、最初の2文である。思い立って流れるように行動している当時の様がよく表されていて、個人的にとても気持ちいいのだ。今では完成までに何日もかかる旅行記も、これは登山後すぐに書いた記憶があり、感じたことが素直に書かれていると思う。


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