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2024年伊弉冉神宮参拝②
参道をまっすぐに行くと第二の鳥居をくぐるとすぐ左にあるのが
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この日時計です。周りを木々に囲まれて正直いって日時計の役割はほぼ無いといっても過言ではないと思いますが、、、『(笑)』
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さらに奥にはこのような石碑があり伊弉諾神宮の位置がそれぞれの太陽の夏至や冬至真東真西の位置に伊弉諾神宮に関係のある社がレイライン上にあるということが記載されています。
※ここからは考察なのですが、、、、
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石碑3を見てもらうと
夏至の日の出の方向に諏訪大社があると思います。
その諏訪大社の方向のライン上に滋賀県近江国の多賀大社が鎮座しています。
多賀大社というと伊弉諾尊、伊弉冉の尊の幽宮(かくりみや)でご祭神として祀られています。お伊勢参らはお多賀へ参れと言われるほどご縁があるお社です。
また、真東には藤原京と伊勢神宮がありますが、
その間に大神神社(おおみわじんじゃ)があります。この神社は日本最古の神社といわれご祭神は三輪山がご神体です。その昔奈良の都の時代天照大神は奈良の都で祀られておりその東にあたるのが三輪山です。さらにその先の東に現在の伊勢神宮がある位置です。不思議なラインです。
東の方向は太陽が昇る方向です。東側の方向には古代人も良く考えて神様の場所を設定していったのでしょうかね?
そう考えると古の奥ゆかしさを感じます。
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日時計の石碑からさらに西奥に行くとこの井戸からくみ上げた水があります。
看板には昔からくみ上げている井戸水ですのでお使いくださいとありますが、飲み水ではありませんので手水のように使わせていただきました。
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本来はここの場所が手水舎です。
さて次回は本殿へ参ります。
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