出会った責任
「自己責任」はとても大事なことだ。私が私の人生の主役である限り、自分で選び取り、自ら努力し、自己実現を果たす。自分にしか成就できない人生の物語を紡ぐのだ。私は、あらゆる「支援(社会保障)」は、「問題解決(自立)」に留まることなく個人が「自己実現」できるための条件整備のために存在すると考えている。その人がその人の人生の物語を生きることを「自律」という。
だが今や「自己責任」は本来の意味を逸脱し「出会った責任を回避」する方便となった。「それはあなた自身の問題だ」と言い切ることによって「その人を助けなくてもよい」と言い放つ社会、「自己責任論社会」が出現した。結果、社会は脆弱化した。
本来の「自己責任」は、周囲の支えを前提としている。自己責任が取れるために社会は存在している。つまり、自己責任は「社会の責任」と一対の事柄だと言える。
いくら「それはあなたの自己責任だ」と言い放とうと責任を逃れることは出来ない。なぜならば「出会い」はそれほど甘くはないからだ。人は出会ってしまうと後戻りできない。確かにすべての「出会い」に応えることは出来ないし、そんなことをしていると身が持たない。だが、どれだけ割り引いてみても、人は一旦出会ってしまうと、それを「無かったこと」にはできない。コンピューターでさえ「消去後」のデータが実は残っていると聞く。なおさら人は「出会った事実」を「消去」することなど出来ない。自分の中に記憶は残り続ける。思い出さない、あるいは思い出そうとしないだけだ。それほどに出会いは、私たちに豊かで深刻な影響を与える。
「豊か」というのは、私達が出会いの中で「生きる意味」を知り「意欲」を醸成できることを意味する。自分ひとりで意欲を持ち続けられる人もいるが、そのような「内発的な動機」だけでは自分が諦めた時にすべが終わってしまう。特に私のような「頼りない人間」は、自分で自分を奮い立たせてもすぐに「弱音」が飛び出す。となれば「他力本願」とばかりに出会いに期待するしかない。他者との出会いが、私に「生きる意欲」を与えてくれる。他者からいただく「外発的な動機」は、私の中で醸成され「あの人のためにがんばろう」と思えるようになる。出会いがどれほど大切か、改めて嚙みしめている。
だが逆も真なりで、出会いが良い動機付けになるとは限らない。「深刻」な影響を及ぼすことにさえなる。先日こんな話しを聞いた。彼女は二十歳でここにきた。苦労に苦労を重ね、それでも生きてきた。当初、「この子はどうなるんだろうか」と心配したが、あれから5年確実に成長している姿に感動する。そんな彼女が「理事長、時間取れますか」と久ぶりに言ってきた。少々うれしい。
ドライブに出かけることにした。「私、山好きっすよね」「そうなん。山っていいよね。じゃあ、今日は山に行こう」。車は桜咲く山道を登っていく。何か相談があったわけでもない様で、仕事で頑張っていることやこれからのことなどあれこれを話した。
その後、彼女は「山は好きなんだけど、私、虫ダメなんすよね」と言い出した。「そうなん。虫は全部ダメなん」「全部ダメっす」。「カブトムシでもダメなん」「ダメっす。全部」。その理由を聴いてみた。
「子どもの頃、施設にいたんだけど、ある時、カブトムシのメスを見つけてがんばって捕まえたんす。そんで先生に『カブトムシ捕まえたよー』って見せたんだけど、ゴキブリだったんすよね。先生たちが『ぎゃー』ってなって。それ以来、私、虫、全部ダメなんすよ」。
そうだったのか。切ないなあ。彼女は何も悪くない。先生たちの一言、つまり「他者との出会い方」が「虫は全部ダメ」につながったのだ。虫がダメだったのではない。カブトムシだと思い一生懸命捕まえた。それは、みんなに喜んでもらえる思っていたからだ。だが、結果は真逆に終わる。その痛みが消えないのだ。もしかすると彼女は、自分がゴキブリ扱いされたと感じたのかも知れない。
もしあの日、「おお、すごいね。でも、それはゴキブリっていって別の虫だよ。すばっしっこいゴキブリを捕まえるのはカブトムシの三倍むずい(難しい)。君すごいね」という言葉と出会ったいたら「虫は、全部好き。ゴキブリも大好き」となっていたかも知れない。それほどに「出会い」は責任が重いのだ。
ただ、もし自分がその場にいたらと考える。やっぱり「ギャ-」かも知れないなあ。たとえそうであっても「なにせゴキブリだから仕方ない」とは言うまい。出会った責任があるからだ。「ギャー」と言ってしまったらなおさら責任が重いからだ。
イエスと言う人は、結局「出会った責任」を取って十字架に架けられた。とてもマネ出来ない。でも、そんな姿に「愛」を見出した人々がキリスト教を創った。
出会った責任。そんなことを考えながら満開の桜の中をドライブした。
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