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松ちゃんと僕らの物語 その8 再会

翌朝、メモはそのままだった。

二日目も音沙汰なし。例の小倉の店だろうか、いや、そんなはずはない。そんなにお金を持っているはずはない。しかし確証は無く、ともかく夜の小倉の街へ向かう。かつて松ちゃんがいた辺りを探すが見つからない。野宿仲間にも聞くが「ええ松井さん、奥田さんとこの支援住宅に入ったんと違うの」とのこと。中には「松井やったな」と妙にうれしそうに言う親父がいたりする。腹が立つ。でも、いない。

三日目。いよいよ心配になり捜索願を出す。病気や事故で病院に運ばれたかも知れない。市内の救急搬送先とは関係が出来ているので片っ端から電話をかける。救急搬送された形跡もなし。

四日目。一日が長く感じる。あれこれ忙しいが仕事が手につかず。「今回は迎えに行かないから自分で帰っておいで」の一言が悔まれる。最悪のことが頭をよぎる。「もしものことがあったらどうしよう」。「いや、松ちゃんに限って、そんなことはないはず」。

五日目。「そうだ、逮捕されているかもしれない。きっと、そうだ。そうに違いない」。松ちゃんは、自立支援住宅に入った頃、何度も警察の世話になった。「無事に逮捕されていますように」と願いつつ電話する。「無事に逮捕」はないなあ。でも、相手は松ちゃんだ。ともかく「無事で」と祈る。松ちゃんが何度もお世話になった刑事さんに尋ねる。「うちの松ちゃん、そちらでお世話になっていませんか。実は、五日ほど前、病院から帰ると言ってそのまま行方不明でして、そちらにお世話になっているかなと思って」「奥田さん。いつも大変ですね。ああ、あの松井さんね」「やっぱり、そちらですか」「いや、最近こっちには来ないなあ」。「逮捕されていない」と聞き、がっかりするのもどうかと思う。もう何がなんだか、わからない。一層心配が募る。

するとその刑事さんが「奥田さん、ちょっと待ってね。かけ直しますから」と電話を切られた。しばらくすると「あのね、警察の情報というのは、個人情報で何も教えてあげられないんです。うちの管轄で起こったこともだし、小倉北署でのことも一切何も言えません。すみませんね」。それで「いえ、いえ当然です。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」と電話を切った。

「ああ、ダメか」。ムムム、いや、待て、何かおかしいぞ。『何も言えない。うちの管轄のことも小倉北署のことも』。小倉北署や!松ちゃんは、小倉北署にいるに違いない。慌てて車に飛び乗る。小倉北署、留置管理課。支援の関係でしばしば訪れる場所だ。面会申し込み書を書いて待つ。番号が呼ばれ「一番の面会室へ」と指示される。アクリル板の向こうでドアが開いた。「松ちゃん!」「ああ、奥田さんや」と松ちゃんは笑っていた。「よかった」と思わず口に出た。面会には警察官が立ち合い会話を記録されるのだが、その警察官は「よかった」の一言に首を傾げていた。「これってよかったのかーい」と自分の中で突っ込む自分がいたが、まあ、とにかく無事だった。これは「よかった」のだ。松ちゃんが生きていてくれたのが、うれしい。ありがとう!松ちゃんと言っている自分が笑える。

つづく

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