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松ちゃんと僕らの物語 その3 試し行動

(松井さんは、6年間の野宿生活を終えて、ついに自立支援住宅に入居された。「わしにもできることはあるだろうか」と松ちゃんは、第一歩を踏み出した。しかし、そこからが本当の試練の始まりであり、同時に支援の始まりでもあった。)

 良かった、良かったも束の間。やはり一筋縄ではいかない。自立支援住宅に入るなり、事件、事件の連続だった。お酒の問題は深刻で、路上の時はお金が無いので、そこそこで治まっていたがお金が入ると一気に酒量が増えた。考えてみると一文無しの路上の時でもどこからかお酒を手に入れ飲んでいたのだ、自立後は水を得た魚のごとく自由を謳歌し始めた。楽しいお酒なら止めはしない。しかし、次第にお酒は松ちゃんを吞み込んでいった。日に日に松ちゃんの行動は僕らの理解を超えていったのだ。
 

 気づくと竹下町の交差点に立って道行く車に何やら語りかけている。トラックが通るとひときわオーバーアクションで指を差しながら指示を飛ばす。「松ちゃん、何しているの」と尋ねると「行先を教えているのだ」と誇らしげだった。お酒臭い。「あの人知っているの」「まあ、知らなくはない」「どういうこと」「まあね」「いやいや、だから何しているの」「俺が教えてやらんと目的地に着けないからなあ」松ちゃんは、何かしたかったのかも知れない。自立はしたが、何もすることがない中で松ちゃんは、自分で「出番」を見つけたのかも知れない。その気持ちは、わからなくはない。でも、日々、松ちゃんが壊れていくようで怖かった。

 何かが起こる度に、自立支援住宅担当者会議が招集された。何時間も話し合うが、松ちゃんのしんどさの核心に迫れないまま時間だけが過ぎた。
 

 ある日、松ちゃんの下の部屋の住民から「水が漏れている」との苦情が来た。駆けつけると部屋の中で松ちゃんは寝ていた。別に変わった様子はない。いやしかし、何かがおかしい。なんだ、なんだ?よくよく見てみると部屋の感じが違っている。もっとよく見てみると、なんと流し台の位置が変わっているではないか。「松ちゃん、流し台動かしたの」と尋ねると、すました顔で「ちょっと模様替えしてみた」と松ちゃん。「松ちゃん。模様替えは良いけど、流し台はの排水があるやろ。それはどうなったの」「ええええ、排水。あああそうやったなあ、あはは」と本人は笑っていた。「笑っている場合か。下の部屋に謝り行こう。一緒に行ってあげるから」。そして、流し台の下の扉を開けると、そこはもうえらいこっちゃワールド状態。ほんとに、とほほ・・・。
 

 松ちゃんは、なんでこうなるのか。松ちゃんは一体何がしたいのか。確かにお酒の問題はある。しかし、それだけではないように思った。松ちゃんのひとつ、ひとつの行動には、一貫性もなく、さほど意味があるとは思えない。あえて言うならば、みんなを困らせるということだけが共通していることだった。「試し行動」という言葉がある。「子どもが親・里親・教師などの保護者に対して、自分をどの程度まで受けとめてくれるのかを探るために、わざと困らせるような行動をとること」である。あの頃の松ちゃんは、僕らのことを「試していた」ように思う。考えて動いているのではなく、本能的に行動しているようにも感じた。不可解な行動をとり続ける松ちゃんとの我慢比べの日々が続いたが、ただ、松ちゃんはそういう問題行動を楽しんでやっているようにも見えなかった。松ちゃんは、松ちゃんで苦しい日々を過ごしている様子が伺えた。

 人には「時」が必要だ。「自立支援」とは、第一に生活の基盤を整えることだ。松ちゃんは、すでにアパートに入り生活保護も受給した。寝るところや食べることの心配からは解放された。生活基盤は整ったが、松ちゃんの心はどうなのだろうか。そんなことを考えさせられた。「松ちゃんの人生」はまだ始まっていないように見えたのだ。身体が先行しており、心が追い付かない。それが一つになるには、もうしばらくの「時」が必要だったのだ。落ち着かない日々の中、松ちゃんはもがいていた。
 

 松ちゃんの問題行動は、さらにエスカレートした。時に警察の厄介になることもしばしばだった。逮捕されるような大事にはならない。商店街の駐車場にあった幟旗を引き抜き振り回したとか、職務質問を受けた時に小さなナイフを所持していたとか。どれも逮捕に至らず「身柄引き受け」で済んだ。その度に僕は、警察署に駆けつける。行くと松ちゃんがうれしそうに座っていた。「喜んでる場合か」と言いつつ、お世話になった警官にご挨拶をして車に乗る。「ええ加減にしいや」という僕に「あはは、すまん、すまん」と松ちゃんは笑う。「二回言うな」と叱りつつ、ついついこっちも笑ってしまう。
 

 ここだけの話し、僕はあの笑顔が苦手だ。苦手というのも正確ではない。あの笑顔が好きだ、は言い過ぎ。松ちゃんが「あははは」とやると「もう、なんでもいいや」って気分になれた。松ちゃんが「あはは」と笑うと幸せな気分になれたのだ。不思議と「もう知らない」にはならない。さらに僕の中には「この人は、本当はわかっている」という確信のようなものが常にあった。これは僕の願望だったかも知れない。「そうでないと困る」という気持ちの裏返しだったのかも知れない。いずれにせよ、お互い我慢の日々はまだまだ続く。実に不思議な人、松っちゃん。    つづく

#ほうぼく

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奥田知志

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