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「齟齬の営みの中で―水内俊雄教授最終講義に参加して」

 大阪市立大学の水内俊雄先生が最終講義に参加した。2002年にホームレス自立支援法が成立した。翌年、水内教授の一行が北九州ホームレス支援機構(現抱樸)に調査に来られた。それが教授との出会いだった。

2006年「ホームレス支援全国ネットワーク」が設立された。支援団体の交流や研鑽、さらに国に対する政策提言を行うための組織で私が現在も代表をしている(誰か交代して欲しい)。その際「これからは現場からの声と共に調査に元づく裏付けを有する政策提言」を行うための学識のチームが必要だと考え、水内教授、大阪府立大学の中山徹教授を核とした研究者のチームを作って抱くようにお願いした。水内教授は、研究と共に全国ネットと理事を担ってくださっている。

 2010年以降毎年、厚労省の社会福祉推進事業に基づく調査研究を行ってきた。最初の調査のテーマは「広義のホームレスの可視化と支援策に関する調査研究」。先の自立支援法におけるホームレスは、「野宿者」と定義されていた。調査では決まった住宅がない状態の人々(必ずしも野宿ではない)の現状を調べた。結果、毎年4万人以上の「家がない人」が生活保護やホームレス支援施策を活用し住宅を確保していることが判った。今日の「住宅確保要配慮者(国交省)」問題や「不安定居住者(厚労省)」問題を先駆けて明らかにしたものとなった。このように水内教授たちの調査研究、すなわち学問によって国の施策が動き、結果多くの人が助かった。最終講義の後、コメントを求められたので、まずはこの事の感謝を申し上げた。

 これらの調査研究は一筋縄でいかない年月だったと思う。私は、毎回の調査開始前に先生たちにこのようにお願いしていたからだ。「今、現場ではこのような課題に直面しています。この問題を解決する制度はありません。今後国が〇〇のような問題意識を持ち、さらに××のような施策を実施するようになるための裏付けになる調査結果を出していただきたい」。最初に「結論ありき」の調査をしろと求めていた。学問的にはルール違反だと承知の上でお願いした。

 現場は切羽つまっていたのだ。学問、特に調査に基づく政策的な研究は、客観性や中立性、何よりも多くのエビデンスによって成立する帰納法的なアプローチだと思う。しかし、現場は「目の前のこの人を今日どうするのか」で動く。この両者の「齟齬」が毎年ぶつかった。

 しかし、水内先生たちは一度たりとも「それは無理」とはおっしゃらず僕の話に耳を傾けてくださった。結果は、僕の考え通りには出ないこともあったし、僕の想定を遥かに超える事実が明らかなった年もあった。調査研究を基盤とする学問は科学的でなければならない。だが、学問が現場の声を無視すると、それは単なる理屈に終わる。学問のための学問は、人のいのちに関わることは出来ない。

  一方、現場が学問を無視すると、それは単なる「独善的な現場主義」か「イデオロギー闘争」に終わる。振り返ると、互いにそうならないための「齟齬の営み」だったように思う。

 この十数年で水内教授のお弟子さんたちが育っていった。調査研究、政策提言は新しい段階に入るだろう。だが、この「齟齬の営み」は大切にしていきたい思う。
 改めて水内先生に感謝を申し上げたいし、これからもよろしくお願い申し上げたい。


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