ゆるゆる読む京極杞陽 #05 昭和15年

昭和15年(1940年)の収録句数は54句。

まつぴるま河豚の料理と書いてある

京極杞陽『くくたち 上』昭和15年の句より

機嫌のいい句だ。

お店でこれから食べるのかもしれないし、通りを歩いていて看板が目に入ったのを書いただけかもしれない。

河豚そのものではなく文字を句材にしたことで、食文化単位で面白がっているようにも読めてくる。

〈まつぴるま〉も楽しい。まるで昼間の河豚はいけないみたいだ。

近世のはじめの頃の芭蕉の忌

同上

忌日俳句なのに笑ってしまった。そのまんまである。

けれども、亡くなった時代との時間的な距離を測り、その遠さを認めながら想う真摯さもうかがえる。

近世という時代区分自体、明治に入ってから生まれたもの。それくらい遠いのだ。

バスの日々此処にとまれば木槿咲く
霜柱それもやがては眼に馴れて

同上

バスの句、花期の長い木槿だからこその感じ方が書かれている。霜柱の句は、その年はじめて見たときのことだろうか。

路線バスの車窓から見えるいつもの景色が、なかば自動的に人の心に作用する。なにかに感動したとき、その感動がだんだん減衰していくことがはじめからわかっている。

心に組み込まれたプログラムへの関心があるように感じる。

おとろへてゆく人々や震災忌

同上

関東大震災から17年目の句だ。

杞陽は震災でとてつもなく大変な経験をしている。境涯を踏まえると〈人々〉は一般的な存在ではなく、何人かの身近な人を指しているのではないかと思われる。人を見て、時の流れを感じたのだ。

他方、震災で失った家族は歳を取らないということも思わせる。

杞陽はこの年、ホトトギス同人になった。


『くくたち(上・下)』は東京四季出版編『現代一〇〇名句集④』で読んでいます。引用は新字体です。