麻呂はついてゆけるじゃろうか🍮
1週間ほど前に美容院の予約を入れた。
予約が空いていたのはその日から数えて2週間後だった。あと1週間は長髪に耐えて暮らさねばならない。
もう限界です。伸びに伸びたこの髪が。
もっと早くに予約をしておくべきだったが、それを行いたくない気持ちがあった。
当時、髪を切らない事で、その不自由さ不便さと共に暮らす事で、『世界で初めてのセアカオサムシ繁殖成功の願掛け』をしていた。なぜか験担ぎをしているつもりになっていた。
(セアカオサムシ
Carabus tuberculosus はユーラシア大陸東半部とその付属島嶼にのみ分布する種類なので、これを『世界初』と言ってしまうのは少し小狡い気もするし、他の亜種は国内で繁殖成功例が存在する)
結果的に成功はしたが、そんな事をしても運命は何も変わらないはずだ。どちらかと言えば験担ぎというよりも『苦しんだ末の成功』『苦しんだ末の前人未踏』、その喜びに拍車をかけるため、自ら小さなストレスを加えていたようにも思える。
仮に繁殖に失敗していた場合はどうしていたのだろう。人が失恋の際に行う断髪のように、過去を洗い流すかの如くその髪を切り離していたのだろうか。
いや、ただひたすらに失敗の後悔と原因とその対策を刻みつけていただろう。
自分は己の手首を切る事さえないが、絶対に消えない形で敗北の悔しさを心に刻もうとしていただろう。
来年こそは絶対に成功させると意気込んでいただろう。
普段は流している前髪を思い切り引っ張れば、鼻の頭まで触れるほどに伸びている。
襟足の長さも気に入らず、いっそ束ねてしまった方が良いと思うほどに伸びている。
初夏に不釣り合いなその髪を、試しに束ねつつ鏡を見る。
最初に頭に浮かんだ第一印象、そのイメージ、その単語は『フリーターのケン』だった。
おじゃる丸の『フリーターのケン(25歳)』だった。
最近、匿名ラジオのサムネで見たからだろうか。
流石にそこまで髪は伸びておらず、顔もケンほど整ってはいない。そしてケンの年齢、25歳はとうに越えている。
なんなら、『うすいさちよ』の年齢に並んでいる。
いつのまにか、自分は『うすいさちよ』と肩を並べる年齢になっていた。
時の流れ、速すぎる。
あまりにも、速すぎる。
僕は ついてゆけるだろうか。
君のいない世界のスピードに。
自分は、『うすいさちよ』のように、踠きながらも、夢を追えているだろうか。
足掻きながらも、今を楽しんでいるだろうか。
彼女は、幸が薄いようでいて、己の流儀を、日々楽しんでいる。
その証拠に、彼女は貧しさゆえにティーバッグを使い回すのではなく、使い終わったティーバッグをわざわざ貰い、その薄い味を心から楽しんでいる。
麻呂は
ついてゆけるじゃろうか。
やんごとなき世界のスピードに🍮
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