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彼の殺人計画



多忙のため短めに。
今回はトモロウの人生を決めた作品の紹介を。

「彼の殺人計画」という漫画がある。

ジャンプSQ黎明期、中学生の頃に出会ったこの漫画は自分の生き方に多大な影響を与えた。
この漫画から「殺人の肯定」という成分を抜いた思想は、トモロウの生き方や思考の7割を構成していると思われる。残り2割には同作者の「ぼくらの」が入る。残り1割はぼやけていて不鮮明だ。

2022/12/29現在、作者のTwitter上にて全編無料で公開されている。

以下リンクより飛べるツイート、ツリーにて閲覧が可能なので是非。


読後に感じた感覚が「余裕の作り方ってコレだよな」だったのか「余裕の作り方ってコレでいいんだ」だったのかは記憶が薄れていて覚えていない。
しかし、本当に大きな衝撃を受けたと同時に心が、考え方が、フッと音を立てて軽くなった感覚だけは鮮明に覚えている。


ただし、主人公の殺人の動機に関しては「絶対にあってはならないし、許されない」と考えているし、それが自分の中で絶対的な指針となっている。
多分、思春期の真っ只中を生きる当時の自分は、そう考えて蓋をしておかなければ踏み越えてしまうような魅力や危うさをそこに感じたんだと思う。
自身が弟妹を持ち、子供達に何かを教える立場の身であるというのもある。




「余裕」はトモロウの生き方の根幹であり、トモロウを人たらしめるものは「余裕」であり、「余裕」だけがトモロウである。
とさえ感じる事もある。


人生において恋人が出来た回数が5回。
告白をした経験はなく、告白をされた回数は今年でちょうど20回だった。
その全ては、トモロウが余裕を持って振る舞っていた時だった。


余裕を保つように心がけてからは加速度的にモテるようになったので、自分の中では今でも「人の多くは人を愛するのではなく、余裕によって生まれた人格を愛している」というイデオロギーが確固たるものとなっている。



「人は余裕が無くなった時にこそ本性を表す」という言葉を、知った顔で語る者、得意顔で語る者はそれなりにいる。

あたりまえ体操が好きなのかな?

「右足出して 左足出すと 歩ける」
と同じ話だと思う。個人的には。


それを失えば獣と同じだという事は、あたりまえ体操が好きだった当時の小学生でも肌で分かりそうなものなのに。


しかし、「人の多くは人を愛するのではなく、余裕によって生まれた人格を愛している」という言葉もよくよく考えれば、あたりまえ体操と全く同じ文脈だ。


そうだった。
自分もあたりまえ体操が好きな子供だった事を今、"思い出した"。










万物も、理も、
全てが"あたりまえ体操"に
集約する事にも…









今 "気づいた"。



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