街灯の下で


昔ながらの日本家屋や新しく建ったアパート、屋根のない月極駐車場が並ぶ長い一本道。
端から端まで歩くと成人した私の足でも十五分はかかる。
その一本道の真ん中らへんにある小さなアパートの三階の角部屋が私の部屋だ。

私は小説家になりたいと、東北から出てきて四年が経つが、未だに収入の十割がコンビニのバイト代が占めている。

これでは駄目だと最近は筆を持つことを増やしたが、頭にあるものを文字に起こしても無いものは出てこない。
きっと私には才能がないのだろう。
そう思い、日で焼け色褪せた革のジャケットを羽織りコンビニに行く。
勿論、バイト先のコンビニには行きたくないので、一つ先のコンビニまで行くのだ。

二十分程か、見るものもないのにレジに行かず店内を徘徊してから、謎の頷きをしてからレギュラーサイズの温かい珈琲を一つ頼み店を去った。
あと街灯を三つほど、過ぎれば私の住む変な青色のアパートが見えてくる。
だが、私は家に帰りたくない。
二つ目の街灯の光が当たり始めた頃、ゆっくりと足を止めた。
ジャケットのポケットの中身を両方確認する。右手に感触を見つけて、取り出した。
いつ買ったのか覚えていないPEACEだ。
それもタバコ三本とライターしか入っていない。
とりあえず一本に火をつけた。
吐き出した煙が白く空に消えていくのを眺めていた。
なんだか、雨が降りそうな空だった。

二本目を吸おうかと箱の中身を触っているときに奥から私より五つほどか上に見える女性が歩いてきた。
女性が通り過ぎたら火をつけようと待っていたら、私の前で立ち止まり私の足元を見ている。
吸い殻を見ているのかと思ったが、私は箱に吸い殻を入れていたからそんなはずはなかった。
私が口を開くより早く女性が口を開いた。
『そこにタンポポが』
私は、振り返り足元を見た。
確かに黄色いタンポポが咲いていた。
私は何故かすみませんと謝った。
タンポポに近づき、そっと座り黄色い花を見つめ始めた。
私は君が悪いと思い、立ち去った。

部屋に帰り、執筆を始めようと筆を持った。
勿論、進まないが時間は過ぎていった。
後ろの窓に何か当たったと思ったと同時に雨が降り始めた。
やはりそうだろうと私は思った。
雨音を聞く限り、中々の大粒だった。
早めに帰って正解だなと自分を褒めた。

進んでもいないのに集中出来ないと、ベッドに寝転んだ。
さっき口をつけて火をつけなかったタバコを取り出し火をつけた。
何故かタンポポを見ていた女性が気になった。
彼女はまだあそこで花を見ているのだろうか。
そんな事を思ってしまったが為に、私は傘を持ちタンポポの元まで戻った。

やはり雨は大粒だった。
遠くに見える街灯が雨を浮き立たせていた。
誰かいる。
さっきの女性だった。
私は突然近づくと気持ち悪がられるだろうかなど何も考えずに彼女に傘をさした。
この時初めて私は自分のミスに気づいた。
傘が一本しかない。
雨に濡れた髪を耳にかけ、彼女は私の方へ振り返った。
お礼のつもりだろうか、優しく微笑み歩いて行った。
追いかけようと思ったが、この時は何故か気持ち悪がられるだろうかと考えて思い止まってしまった。
気づけば彼女は雨の中へ消えてしまっていた。

私は、その日の夜のことを時々思い出す。
コンビニに行くたびに、彼女を少し探してしまうのだ。
だが、あれから彼女は一度も現れなかった。
この近くに住んでいないのかもしれない。
そう思った夜に、私はコンビニで酒とタバコを買った。
街灯の下で、新しく買ったタバコを開けて、一本火をつけた。
私はタバコを吸うと空を見る癖があるのだろう。そう思いながら空を見ていた。

そういえばと思い出したように、振り返り足元を見た。
タンポポはあった。
だが、白い綿毛をつけたタンポポだった。
私は座り込みタンポポを見つめてみた。
五分程見つめてみた。
でも何も起きない、ただのタンポポだった。
それはそうだ。
そういえば今日も雨が降りそうだったと思い出し、タバコをくわえた。
前に彼女が歩いてきた方角を見るが人は一人も居なかった。
何故か少し寂しさを覚えながら、タバコに火をつけた。


2020.06.22 陽

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