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映画『ゆれる人魚』感想―そこに愛はあるんか?

※この映画に某企業は関係ございません。


・『ゆれる人魚』について真面目に語る編

人魚姉妹を呑み込み揺り動かす、多くの波。それは彼女たちの故郷である海のものではない。人間のたちに翻弄され、感情の波に「ゆれる」様は、儚く、切なく、そして美しい。

アグニェシュカ・スモチンスカ監督の映画『ゆれる人魚』はアンデルセンの童話『人魚姫』をオマージュした作品ではあるのだが、この作品には人魚姫が二人登場する。姉のシルバー、妹のゴールデンだ。そして時代設定も1980年代のポーランドを舞台にしており、現代風にアレンジされている。

序盤、彼女たちが陸に引き上げてもらうために歌った、幻想的メロディから始まっていくおとぎ話の中の人魚が、人間の日常に入り込んでいくような演出でどきどきする。

何とこの作品、ホラー映画らしいのだが、どちらかといえばミュージカル映画(出血もあるよ!)と言ったほうが適切なような気もする。

ちなみに私のお気に入りの曲はコチラ。

姉・シルバーが周りの人間と打ち解け、笑顔を浮かべている明るいシーンから一転、暗いバスルームで流れる海の絵をじっと見つめるゴールデン。ピアノのゆったりした伴奏が静かに流れ、海の底を想起させるような青く暗いライトの中、「こんな孤独を感じるのは久しぶり」と歌い始めるのが印象的だ。

ポーランド語は未履修のため字幕頼りになってしまうのだが、この曲の歌詞がとても切ない。ゴールデンが人間の世界に馴染めず、どんどん自分の元から離れてしまう姉に対する寂しさのこもった、もの悲しい歌声が大好きだ。ゴールデンにとって、シルバーの存在がどれほど大きいのかがわかるシーンでもある。

このミュージカルパートの終わりに、「誰もが暗く沈んだ気持ちでいる」という歌詞の通り、ゴールデンは浴槽に沈んでいく。人間界でうまく生きていくためには、「感じてはいけない乾き」を我慢しなければならない。けれど、彼女は「人魚」であることを捨てる気はないように見える。陸にあがり人間に紛れて暮らしているけれど、結局帰る場所は「水」の中なのだ、という暗示のように思う。実際、ゴールデンは次のシーンで餌となる男を狩りに出かけてしまっている。先ほども述べたように、彼女は「人間として生きていく」のではなく、「しばらく人間に紛れて生きていく」ために陸地にいるので、人間を殺すことにためらいはない。(事実、食事から帰ってシルバーに「牛よ」と答えたりするので)

一方、ゴールデンのソロパート中に動き始めたシルバー。ゴールデンの様子が気になり、部屋を探し回る。住み込みで働いているストリップバーのエントランスのような場所にも足を運び、ゴールデンを見たか尋ねる。ゴールデンが突然いなくなったことに不安げなシルバーをみかねたマダムは、彼女に煙草を勧める。吸ったことがない、というシルバーに「それはよくないね。人間になりたいんだろ?」というマダム。「身体が震えるわ」とむせる彼女に、「私もそうだった。声が出なくなるよ」と笑いながら煙草をふかしていた。もちろんこのマダムはものの例えで「声が出なくなる」と言ったのだろうが、「人間になると声を失う」という仄めかしが序盤からされている。

人魚が存在するとはいえど、時代設計が現代にほどちかいため、魔法で人間にしてくれる「魔女」は存在しない。そもそも、陸地にあがれば彼女たちは人間と寸分違わない姿でいられるため、本来ならば足を求める必要はないはずなのだが、シルバーはそれ以上を求めた。シルバーが思いを寄せる男・ミェテクが、自分を「魚としか見れない」と言ったからである。つまり、彼女が彼の心を手に入れるには、「人間になる」しかない。だから、シルバーはゴールデンの説得や忠告も聞かず、外科手術で人間の下半身を手に入れてしまう。丸鋸のようなものが彼女の腹にあたり血が流れたとたん、シルバーの透き通るような美しい歌声は消えてしまった。(神経とか骨とか細胞とかどうなの、ということは置いておいて)人間となったシルバーは、ミーテクと幸せな同棲生活を手に入れるも、そう簡単に万事がうまくいくはずもなく、ミェテクと身体を重ね合う際に、手術の痕から血が噴き出してしまうのだ。それをきっかけに、手に入れたはずの彼の心は離れて行ってしまう。

そして終幕、ミーテクは知り合った「人間の」女性と結婚してしまう。結婚式で歌われているのは、ゴールデンがミーテクに惚れて自分の元を離れていく寂しさを歌った、あの『housefly』。悲しい歌詞をポップに歌う会場の来賓。その中に、「暗い気持ちに沈んでいる」、二人の人魚姫。本来ならば自分がミーテクの横に立っていたかもしれない光景を、目を細めて微笑みながら見ているシルバーと、祝いの場に似合わず仏頂面のゴールデンだ。ゴールデンは作中、睨みつけるような目線でいることが多い。特に、シルバーが本気でミーテクに恋をしてしまったあたりから目つきが鋭くなっていく。ゴールデンにとってシルバーが全てで、人間はしょせんただの「餌」にすぎない。共に生きていく相手は、シルバーしかありえない。だからゴールデンは小さく佇むシルバーに「彼を食べて」と懇願する。生き延びて、ずっと一緒にすごしていくために。

シルバーはおそらくミーテクと踊っている間、殺す気はあったと思う。鋭い牙をだし、首を噛みつこうとしていた。しかし、何かが彼女を思いとどまらせた。ゴールデンと人魚同士の言葉(テレパシー)を交わして、シルバーとゴールデンの表情が少しずつ変わっていく。基本的にテレパシー会話は字幕が出るのだが、このシーンでは出ない。彼女たちの間だけでの、彼女たちだけの言葉だ。緊迫した顔から、徐々に表情が穏やかになっていくシルバー。牙を突き立てるのではなく、ミーテクの肩に頬を寄せた。愛した男の腕の中で、笑顔で泡となって死んでいった。

最愛の姉の死の直後、ゴールデンは吠えながらミーテクを襲う。元凶の喉元に噛みつき、息の根を止めた後、深い悲しみの中、血まみれの彼女は海の底へと帰っていく。

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信じられる愛なんてなかったんや…。


・ゆれる人魚について適当に語る編

■人魚の名前について

90年代に生まれている人間は、人魚である彼女たちの名前を聞いたとき、誰もが思っただろう。
「金さん銀さんじゃねぇか!」と。日本のご長寿姉妹みたいな名前でだいぶ台無し感あるな。正直、シルバーとゴールデンという名前は仮の名前ではなかろうか、と思えなくもない。人間の暮らしにまぎれるために便宜上「シルバー」「ゴールデン」と呼び合っているんでは、という持論。だって彼女たちはテレパシーで自分たちの気持ちを伝えられるわけですし。ちなみに、姉が「シルバー」妹が「ゴールデン」なのは、コエテクさんのところの零シリーズ的なかんじで、最初に生まれた方を妹、後から生まれた方を姉としたから、その出てきた順に命名されたんかなあとは思った。

■雰囲気が仄暗い美しさでおっ…いっぱい

人魚作品なので結構すっぽんぽん比率が多いんですが、これがまた全くエロくない。人魚ちゃんたちはライトの効果か、はたまた肌に何か塗ってるのか血色が悪く見えるんですよね。BANANA SONGのねーちゃんはちゃんとエロく描写されているので、本当に「性的な描写」としての演出の区別がうまいなという感想。もちろん、人魚姉妹のストリップやショーもあるわけなんですが、全くエロさを感じないんですよ。神秘的で、危うげな美しさがある。芸術的というか。裸婦絵みたいなもん。

■見ようと思ったきっかけ

アマゾンプライムに入っているので、完全にタイトルとサムネで選びましたね。いろんなサイトとかも含めレビュー見ると「出来の悪いララランド」とか「古臭いララランド」みたいなことが描かれていて思わず笑ってしまった。そもそも「古臭いララランド」っていうのは誉め言葉のような気もする。だって時代設定が1980年代のポーランドなんだもの。ミュージックジャンルとか、そのメロディもレトロな感じにしているでしょうと。ララランドはお洒落すぎるんや。衣装も、メロディも、めっちゃくちゃお洒落。恋がうまくいかないのは共通しているかもしれないけど、ララランドにはララランドの、ゆれる人魚にはゆれる人魚のよさがあるでしょうよって。ベクトルが違うんじゃい。ただ、シナリオのつなぎが雑という指摘には「まぁねえ」と思わなくもない。ぶつ切りなんですよね。「えっ、ここの間ってどうなってんの?」「えっ、急になに?」と戸惑うこともままあるんですよ。説明が詳しくされないので。まあでも、ゆれる人魚はある程度、視聴する側に考える余地を与えているという風に思っておけばいいんじゃないでしょうかね。全部人物が説明してたりしたら萎えるでしょ。「でたぁっ!リョーマ君のツイストサーブ!」みたいな、カチローやカツオみたいなのは漫画で十分。ゲームでもされるとちょっとくどかったりしますもんね。

視聴後に、印象的なシーンが場面ごとに思い浮かぶようにしている、だからあえてカットごとのつなぎが緩いんじゃないかなあ~と思いました。

※出来の悪いララランドと言われているであろう場面の楽曲

私は大好きです。作中唯一といってもいいほど、明るくて希望に満ちた貴重なシーンですし。こっからの展開がどんどん悪化していくのがやるせないですね。陸に上がらなければこんなことにはならなかったとゴールデン視点で後悔してしまう。

■余談:ミーテクに愛はあったか

「ミーテク!そこに愛はあるんか!?」と女将さんばりに問い詰めたい気持ちがやまない本作品。本当にミーテクはどうしようもないバンドマンなんですよ。甘いマスクで「君に夢中だよ」とか言っておいて、「君は魚だからそういう目でみれないよ」と言ったり、セックスするために人間にさせておいて他の女と結婚しちゃう、みたいな。軽薄な男なんですよ。一番ヘイトためるシーンはシルバーの鱗を流しに捨てるところじゃないですかね。なんていうか、アナ雪の某王子がアナにキスしなかったシーンぐらい「ハァ!?」という声が出た。「いるいるこういう男~」という評価を超えた瞬間である。ただ、ラストでシルバーと躍るシーンはなんかちょっとジーンときましたね。泡まみれになったときのミーテクちょいマヌケっぽくみえますけど。


・・・とまあ色々書きましたが、『ゆれる人魚』は楽曲がよいのでオススメです。なんて言ってるかわかんないけど、メロディとか、言葉の響きがすごく切なかったりするのがいい。シルバーが自分の想いをミーテクに告げる歌とか。めちゃくちゃ尺の長いMVと思って映像美と歌を楽しむのもいいかも。




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