情シス子会社への処方箋

エンタープライズITにおける組織課題の大きな比重を占める問題、それが情シス子会社問題です。一部の優秀な情シス子会社がある一方で、大半の情シス子会社の運営においては問題が多いように思います。情シス子会社が何故生まれて、問題点が何で、問題解決にはどうすれば良いかについて私見を述べて行きたいと思います。

情シス子会社のパターン

①コストダウン型
一番多いパターンがこれです。事業会社は金を生む事業こそが主軸であって、金を生まないバックオフィスは外部サービス化して行きます。その第一歩が子会社化。見かけ上は専門職採用にするため、と体裁を整えていますが、給与や待遇は本社より見劣りする2級市民化政策です。情シス子会社の売上は100%親会社向けです。このような体制を敷く会社は、情シスには価値を見出せない事を企業トップが宣言したような会社です。個人的には、絶対に働きたくないパターンですが、新卒学生は企業名で就職する為に、こういった実態を知らずに大量採用されて行きます。多くの会社がこの後に次の②に移行して行きます。

②ベンダー売却型
①のパターンはまだグループ会社に留まっていますが、付加価値を生まず、専門能力もなく、ベンダーの手配師でしかない(と経営者が考える)情シス部門は更にその次のステップへ進みます。不良資産としてベンダーに売られるのです。ITプロフェッショナルの会社がなぜそのようなスキルのない人間を引き取るかと言えば、商売を継続する為の人質です。事業会社側から見れば、見かけ上の雇用は守られるので綺麗なリストラ手法です。その代わりとして10年ほどベンダーにフルロックインされるような独占的バーター契約を結びます。多くの場合、社員は退職した後に、ベンダーとの合弁子会社に再就職する形を取ります。同じ人たちが同じ様な仕事を続けますが、立場は外部ベンダーに変わるのです。ここからITベンダーらしく、自社のソリューションを外販できる様な③の会社に進化できれば良いのですが、多くはそうはなりません。

③ソリューション外販型
元々は社内用に作られたシステムをパッケージ化して外販を行い、事業会社化するパターンです。「おまけ」程度の事業規模からスタートしますが、製品が良いと外販比率が高まり、事業会社の子会社というよりもIT事業会社に変身して行きます。それに伴い、親会社の事業部門ユーザーからは不平不満が増大します。他社の案件で忙しく、自社の案件が疎かになっている、と。外販比率が8割ぐらいになると、情シス子会社は親会社への依存度が低い為、経済的にも精神的にも親離れしていきます。親会社との関係もビジネスライクに変化して行き、親会社としても身内感が薄れて、1ベンダーとして見るようになり、改めて内部に開発部門を持った情シス部門を持ちたいと思うようになります。

④エンジニアファースト型
大手銀行が作るFin-Tech系スタートアップはこのパターンが多いのですが、データサイエンティストやAIの専門家を本社よりも厚待遇で採用したり、流通系に多いのですが祝祭日勤務の小売り現場とは別の勤務体系やフルリモートワーク制度を採用し、優秀なエンジニアを確保するために別会社を作るケース。エンジニアファーストで作られる子会社です。エンジニアはプロフェッショナルとしてのアウトプットが求められ、それに応えられる人のみが生きて行ける世界です。このパターンの会社は新卒採用は稀で、キャリア採用中心です。社員はテクノロジーの社会実装に燃える一方で、事業会社の本業そのものへの興味や関心は薄く、会社へのロイヤリティーも低い。仕事で得られる充実感が低ければ、直ぐに退職しますし、生涯この会社で働こうという人は親会社から出向してきた幹部職を除き、皆無です。

情シス子会社の何が問題か

従業員のモチベーションの方向感と組織KPI
子会社になりますと、親会社はお客様になります。情シス子会社は売上と利益が主要なKPIになります。KPIが事業会社の親会社と一致しないことで様々な不都合が起こります。システムの運用費用を下げると子会社の売上と利益が減少します。親会社は自分たちの要望は「客の要望」と考えるため、その妥当性を議論する場面が減少します。「こんなシステム化、やめた方がいいですよ。」が言えなくなるのです。ムダなシステムでも作れば売上成績は上がります。従業員の視点で見ますと、事業会社のSEとして働くことの最大の喜びは、事業への貢献です。ところが情シス子会社の責任範囲がシステムの提供に留まりますと、事業会社で働く意味が薄らぎます。IT専業会社で働くのと同じになるのです。パターン③や④の様に、ITプロフェッショナルサービスを提供する専業会社に振り切れば良いのですが、そこが中途半端になりがちです。IT専業会社と比べても事業会社の給与は見劣りします。その見劣りする給与を更に削り取るために作られた情シス子会社で働く意味と意義って何でしょう。

DXの停滞
DX(デジタルトランスフォーメーション)の実践は、社内プロセスのIT化と次元が異なります。自社のプロダクトやサービスのデジタル化の実践を、トライアンドエラーを繰り返しながら、高速にプロダクト開発して行く組織が求められます。何を頼むのにも「システム開発要請書」のようなものを書かなければならないような官僚的な運営組織からイノベイションは生まれません。ビジネスとテクノロジーを大胆にジャグリングするような知識と勇気とパッションがないとこの世界では生きて行けません。パターン②の様な特定ベンダーにロックインされて、しかもテクノロジーを自社で判断する目を持たない会社が一番悲惨です。そのベンダーの持つ「クラウド」とは名ばかりの、高いがスケールしない「クラウドもどき」の製品を買わされたり、小さなPoCをトライアルでやるにも法外な見積りを出されたり、ベンダーに骨抜きにされるのです。ベンダー側も10年間の契約の内にしゃぶれるものはしゃぶり尽くす必要があります。不良資産の社員を引き取ったマイナスからのスタートですから、利益を上げていかないと商売として成り立たない訳です。親会社がこのままではダメだ!と、他のクラウドサービスを独自に使い始めると、ベンダー側も容赦なく不良資産の社員を解雇し始めます。社員にとってはまさに地獄の釜が開く事態となっていくのです。

対処法

子会社の清算と本体回帰
パターン①の様に親会社との取引が100%の子会社で、コスト削減の為に作られた子会社は、いますぐ清算して本体と一体運営すべきです。事業部門と一体となってDXを推進する部門を新たにつくる必要があります。スキルがなくて全員がそこに入れない、といった人の話しは重要ではない。組織とポジションとジョブディスクリプションから先に入りましょう。この人たちに何をさせるか、から議論が始まると何も始まらない。そのジョブをこなすには、どのようなスキルが必要かが分かれば、内部で徹底的に教育するか、外から調達して時間を節約するかの2択しかないのです。幸いな事に大企業はポテンシャルがある人材を元々採用しているので、徹底的な再教育で何とかなる可能性が高いのです。

子会社の徹底したベンダー化と新たなDX推進体制づくり
③のパターンで既に外販比率が高い情シス子会社や、何らかの政治的理由で本体への取り込みが出来ない子会社の場合は、社外の一般ベンダーと同じ扱いで、徹底的にベンダー扱いすべきです。その上で自社に新たなDXを推進する部門を作り、可能であれば情シス子会社からトップガンのみをサルベージして抜擢採用すべきです。この場合、中途半端な本体と子会社の融和策は問題の先送りでしかありません。突き放して、自力でIT事業会社として生きる道を求めてもらうしかありません。パターン②のロックインされている会社は、事業部門の中に自らがDXを推進する部門を作るしかありません。泥舟の情シス子会社からビジネスを守らなければならないのです。

情シス子会社の問題を色々と書きましたが、組織は最終的にトップの運営次第です。情シス子会社さえなければ上手く行くという訳ではありませんし、情シス子会社でも社員の成長と事業の成長を実践している会社はあります。上手くいっている情シス子会社のパターンは決まっています。情シス子会社トップが本社における経営幹部であるか、本社の経営幹部の右腕が配置されるパターンです。

最後にエンジニアの皆さんに一言。外部環境に振り回されず、ただただ自らのエンジニアとしての腕を磨いて下さい。生きていく為のスキルを自ら身につけて下さい。自分に投資して下さい。時間とお金を自分の成長の為に費やして下さい。あなたをつくるのはあなた自身です。


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