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大根、持ってく?

 土曜の昼下がり、両親のマンションへ向かう道すがら。同じ区内だけれどこの辺りは住宅街の間にところどころ畑が広がっていて、あちこちで新鮮な野菜が直売されていたり、いつ歩いても気持ちがいい。

 子どもたちとゆっくり歩く私たちの横を颯爽と自転車で抜き去っていったおじいさんが、少し先のお家で泥のついた野菜をかごからおろしている。見るからに採れたての野菜は水気があってすごく美味しそう。子どもたちと「お野菜、すごいねぇ元気だねぇ」と話しながら近くを通ると

「奥さん、大根持ってく?」

全く予期していなかった言葉に振り返り、びっくりしながら足を止める。

「ええ!?いいんですか!?」

「いいよいいよ、このへん傷つくと売り物にはなんないからさ~」

と言いながら自転車のかごから取り出してくださった大根の美味しそうなこと。まったく傷ものには見えない。手持ちの袋がなかったのでお土産に、と買っていたプリンの袋にいれてもらうと、いっぽん、にほん、さんぼん、、合計4本も気前よくいれていただき袋はずっしり。

 「ありがとうございます!」誰より先に長女の元気な声が驚きわたる。慌ててこちらからも御礼を伝えながら、小学校1年生も終わろうとするいま、挨拶もきちんとできるようになったんだなぁ、、なんて別のところにも思いを馳せる。

 袋大丈夫かな、、と言いながら子供たち2人と力を合わせてマンションまで数メートルの道をうんしょ、うんしょ、と運んだ4本の大根たち。袋からはみ出した大根を見て、エレベーターに乗り合わせた方が一言。

「すごい、元気な大根ですね〜」

とにこにこ話しかけてくれる。これは…と思い切って

「あ、これそこでいただいちゃったんです!よかったら一本いかがですか!?」

「ええ!?いいんですか!?」

5分前の私と同じリアクションに少しだけ笑いながら、むき出しの大根を一本取り出し、そのままお渡しする。先にエレベーターを降りながら、「喜んでくれてよかったねぇ」と話していると「じいじとばあばにも知らせなきゃ」と大根とプリンの袋を持って駆け出す子供たち。

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テーブルにならんだ立派な大根3本。2本は両親にお裾分けして、1本だけ持ち帰ることにする。

重みと最後の駆け足が重なってプリンはすっかりぐちゃぐちゃになってしまったけれど、嬉しかったねぇ、そして嬉しいが続くっていいねぇ、とみんなで崩れたプリンを食べるおやつ時間はそれはそれで楽しくて。

世界はまだまだ落ち着かなくて、どうしようもない自分が歯がゆかったりするけれど、せめて自分の周りには「ありがとう」と「嬉しい」の連鎖があってほしいなぁ…と改めて思った午後。

さて今晩は大根をどうやっていただこう。どんなレシピでも、心からの「いただきます」を添えて。

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