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地球上のどこでも生き抜く力① 尾﨑由博×西田博明 スペシャル対談

2022年末と2023年初めに上梓された2冊の書籍、『アフターコロナの留学』と『世界とつながるゼロ円渡航術』。

「こんな時代に留学かよ」で本編が幕をあける『アフターコロナの留学』の尾﨑由博さんは、海外での安全管理の専門。
異質な文化とのこすれ合いの中で自分を成長させるチャレンジに、若者をけしかけるのは、『世界とつながるゼロ円渡航術』の西田博明さん。

先の読めない世界の動きと、その中で生きる人々の姿を俯瞰してきた2人が語る、これからの時代に「地球上のどこでも生き抜く力」とは?

『ゼロ円渡航術』から『アフターコロナの留学』へのラブレター

西田博明さん(以下、西田):西田博明(にしだ・ひろあき)と申します。今日は、8年ぶり4回目の北海道です。10代の時の海浜留学で、1年間北海道で暮らしていたことがあります。それがいい経験で、その後いろんなところに行くようになりました。エスカレートしすぎて、海外32カ国に他人のお金で行った『世界とつながるゼロ円渡航術』の著者です。「コーチング」という仕事を通して、転換期にいる人や組織の支援をしたり、伝統工芸に関わったりもしています。

尾﨑由博さん(以下、尾﨑):『アフターコロナの留学』の著者の尾﨑由博(おざき・よしひろ)と言います。北海道大学の獣医学部出身で、北海道で6年間、生活をしていました。その後もけっこう北海道に遊びに来ています。私は普段、企業や団体が、海外に展開したり人材を送ったりする時の、ビジネスに関わる専門的な安全対策とか危機管理の仕事をしています。北海道は「心のふるさと」のようなもので、今日ここに戻ってこられたことを嬉しく思っています。

このトークショーのきっかけは、西田さんが『世界とつながるゼロ円渡航術』を出版されて、そのプロモーションにいろんな本屋を回っているときに、わたしがその1ヶ月前に出版した『アフターコロナの留学』を見つけて、Facebookに投稿してくれた熱烈なラブレターです。自分の本でカバーしきれず心残りだった安全対策について、私の本を絶賛してくれて、その投稿を見た、私の中学時代の同級生がつないでくれて、3日後にお会いすることになって、意気投合して一緒に何かやりましょうとなったのが、今日のイベントです。

「正真正銘、テロと犯罪のオタクです」と自己紹介する尾﨑さん(左)と西田さん(右)
(江別蔦屋書店のコミュニティスペースにて)

人間の心をイキイキさせたいという思いから、獣医学部、そして海外へ

西田: 尾﨑さんの面白いところは、自分だけじゃなく、他の人たちの安全も守る仕事をしてきていること。もともと兵庫の尼崎市の出身で、そのあと北大の獣医学部に行ったのも謎なんですけど、なんで海外に関わりだしたんですか?

尾﨑: 話すと長くなるんですけど、私が人生で唯一 「死ぬってこういうことなのか」と思ったのは、1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災の時だったんです。その時、学校も全部休みになって、普段は全然みないような時間にテレビをみていたら、競馬中継をやっていたんです。その中のすごいかっこいい馬が勝って、応援するようになったのですが、その馬が次に出走したレースで3コーナーで転んで骨折。その場で殺されたんです。

私はそれが許せなかった。当時はまだ無知だったから、動物の体がどうなっているかがわからなかった。馬は、足のように見えて実は指で立っているので、4本の指で立てないと絶対どこかが悪くなるので、殺す以外に楽にしてあげる方法がないことがあります。それは獣医学部に行って初めてわかったんですけど、当時まさに中二病だった中学2年の私は、「これは自分がなんとかせなあかん!」と獣医学部に行ったんです。

西田: それがまた獣医とは全然違う仕事を始めちゃってますよね?

尾﨑: もともとは獣医になって、馬と競馬をなんとかしようと思っていたんですけど、自分の力がどうこうではなくて、生物学的に無理だなというのが、勉強したからこそわかった。それでも、私はやっぱり競馬に元気をもらった。震災で同級生も何人か死んだ中で、自分も家族も生きている。でもどうしても気持ちが前向きにならない。そんなときに、前向きになるきっかけをくれたのは、競馬だったんです。自分がやりたかったのは、馬を救うことだったけれども、競馬で一生懸命走る馬に心を投影し、夢中になる人がいるということがなんて素晴らしいんだと。競馬をきっかけにして明日から頑張ろうって人を増やすことが私のやりたいことなんじゃないか、と気づきました。だから、獣医でありながら、その動物の先にいる人間の心をイキイキさせるにはどうすればいいのかを考え始めたんです。

馬主でもある尾﨑さんのカバンに揺れる
「愛娘」ラッキーライラックのマスコット

尾﨑: 私は新卒で、国際協力機構、JICA(ジャイカ)という組織に入りました。今まさに、ウクライナに地雷除去の機械を送ったりとか、水のないところに井戸を掘る支援をしたりとか開発途上国の支援をする機関です。

だから、逆にネガティブな状態ってどういうことなのかとも思っていた。日本でもいじめとかうつ病とかいろいろありますけど、当時のイラクだったり、今だったらウクライナの子どもたちがどう感じているかの心の振れ幅、ウクライナやメキシコの犯罪地帯での苦しさは全然違う。獣医師免許を持っていて、自分がえり好みしなければなんらかの仕事があるのであれば、チャンスがある若いうちに、ちょっとチャレンジしてみよう。途上国で、日本とは比較にならないレベルでネガティブな状況の人たちの気持ちをポジティブにできるんだったら、日本に戻ってきてもチャンスはあるんじゃないのって考えて、JICAに行ったというのが流れですね。

避難ルートの確認や地元の治安当局との協議のために、パキスタン北部の村落を訪問する尾﨑さん(写真中央)。 安全確認業務を通じて、世界各地の人々の暮らしを直接知ることができる

海外での経験で養われたのは、異質なものに気づける感性

尾﨑: 初めて自分から海外に行ったのは大学2年生の時です。ドイツの外務省が運営している外国人向けのプログラムで、語学学校に2ヶ月くらい短期留学しました。長期で行ったのは、JICAで働き始めてからで、2006年の9月からインドに放り出されました。

日本って、今もそうですけど、私の世代でも、物心ついたときにはバブル経済が終わっていて、国の経済が発展している状態を知らないんですよ。当時のインドって、世界の中でもいちばん経済が発展していっている国だったんです。経済が停滞している国から、成長率10パーセントの国に行ってみてください。真冬の札幌から那覇に行くようなものです。日本の低温経済からすると、めちゃくちゃ、びっくりするくらい暑いわけです。

西田: なんか元気ありますよね。僕も、ベトナムが今より発展している時期に行きましたけど、人がトランス状態というか、変なテンションで買い物しまくってたりするんです。半年ごとに行くたびに景色が変わっていたりとか。

尾﨑: あれはすごいですね。まさに私がいたインドは、毎週あちこちで、文字通り何もなかったところに新しい建物ができるんですよ。あの熱気は体験しないとわからない。

ノルウェーに高校留学中の西田さん(左)とドイツに短期留学中の大学時代の尾﨑さん(右)

西田: 僕が初めて長期で行ったのは、高校でのノルウェー留学です。北欧は男女平等も進んでいて、フェミニズムの最盛期には、男性も女性もGパンとTシャツしか着ないような時期もあったらしいんです。僕がノルウェーにいた頃にも、大学への進学や就職にあたって、女性の採用率を高めるような政策があった。すごく面白かったのは、授業の中で男子生徒が、なんでそんなことせなあかんのって言うわけです。今時、そんなの男性にとって不利じゃんって。そういう、授業が向かおうとしている方向とは違う意見に対して、先生も周りも「どうしてそう思うの?」って、平等に受け入れるんです。

僕自身、機会の均等は大切だと思いますし、その授業でもそれは共有されていたかもしれません。どのような施策がノルウェーにとってベストなのかは横に置いて、そういう、話せないことがない授業がすばらしいと、僕は思っています。日本でも、男女平等とかの授業で映像を見せて感想を書かせたりします。でもその時、生徒は先生の期待を忖度しなきゃいけなくなる。本当はそこまで思っていなくても「差別はいけない」とか書くしかない。ノルウェーの男の子のように「それって逆差別じゃない」って発言をしたら、すごい嫌な雰囲気になっちゃうわけです。

尾﨑: 私が日頃、感じているのは、日本人って、なんとなくの共通理解を大事にしたがるんじゃないかということなんです。日本では、今パリで起きているデモのニュースとかはあんまり報じない。たぶん、デモでゴミが回収されない様子とかが、日本人にとってのあの「花のパリ」とかのイメージに合わないって思っているから。一方で、パキスタンでテロが起こると「だからあの国はダメなんだよ」って報じられる。実は今、パキスタンは財政難で、全閣僚が給料をもらっていないんです。でもそういういいニュースって、報道されていないでしょ? 自分たちの理解の外にでる情報を受け取った時に、困っちゃうんですよ。だから、あえて触れない。

『塔の上のラプンツェル』という映画があります。赤ちゃんの頃に魔女にさらわれて、ずっと塔の中で暮らしてきたお姫様ラプンツェルは、お絵描きしたり、かくれんぼしたり、お料理したり、塔の中ですごく「不幸」かというとそうでもない。そんな彼女が、初めて外の世界に出て、地面に足をつけて最初に口にした言葉は「これが草ね!」なんです。

日本から出たことがない、もしくは北海道から出たことがない人からすると、「これが空港ね」もしくは「これがアフリカね」ってなるわけです。インターネットを調べたらいくらでも出てきて、頭ではわかっているけど、匂いとか、湿って肌に張り付くような空気とかの感覚で実体験したことのない世界があるわけです。

西田 一番危ないのは、異質なものに出会った時に、それに気づけないことだと、僕は思うんです。日本でも、「違いを尊重しましょう」とか「みんな違ってみんないい」とかいうじゃないですか。でも、実はそもそも違うんだと気づけていないことがあるわけです。例えば、この中の多くの人が、シスジェンダーという、自分自身の性の認識と生まれ持った性別が同じで、かつ、自分と異なる性を好きになる人が多数派だと思います。自分がその多数派である時、いわゆるLGBTQの人がいることにも気づかないかもしれない。積極的に差別したり攻撃したりするつもりがなくても、マイノリティになった相手に、知らないうちに、コミュニケーションの前提を合わせさせることが起きているかもしれない。この、尊重する以前に気づけないというのが、問題なんです。

海外では、僕たちが日本で生きている世界では経験し得ないことが起きていて、とにかく自分の常識が壊されていく。そして、例えばインドってこうなのねとか、ベネズエラはこうとか知るだけでなくて、その自分の常識が壊されつづけることに慣れてくると、今の常識もたぶん壊されるんだなとか、別のところに行けば非常識なんだなと思えるようになってくる。異質なことに出会いつづけていると、相手が自分とは違う立場にあるのかもというサインがきた時にも、繊細でいられるというか、すぐ気づける感性が養われる。そのことが重要なんだと思うんです。

(つづく)

|後編はこちら

西田 博明(にしだ・ひろあき)
株式会社Tomoni代表取締役。公認心理師。国連平和大学(コスタリカ)修士。
心理学など国内外で得た知見を活かして、経営者や専門家へのコーチング、組織開発などを提供。「転換期の仕掛け人」として、明日を変えたい人に伴走している。
はじめての海外は高校生の時のノルウェーへの交換留学。英語初心者の状態から、ほぼ独学で英語とノルウェー語を身につける。学生時代はチリに留学し、近隣諸国へのバックパック旅行や、フィリピンへの6週間の「ゼロ円渡航」も実現。
卒業後にベンチャー2社で事業立ち上げを経験した後、2008年に独立。
20代後半でのコスタリカへの大学院留学、海外9カ国でのワークショップ実施も含め、2023年現在で、海外滞在は41カ国、延べ4年。うち32カ国が「ゼロ円渡航」。
近年はさらに活動の幅を広げ、伝統工芸の支援や大学でのキャリア教育にも携わっている。

公式HPhttps://tomoni-inc.com/
各種SNSリンクhttps://linktr.ee/tomoni/

講演・セミナー依頼も、随時受け付けています

尾﨑 由博(おざき・よしひろ)
株式会社海外安全管理本部 代表取締役。
1981 年生。2006 年より国際協力機構(JICA)にて勤務。インド、パキスタン、アフガニスタン等南アジアにおける安全対策、開発支援案件の形成、実施を担当。
パキスタン駐在中国政選挙や首都における大規模反政府デモ等に対応し、現場での安全管理業務ノウハウを体得。2016 年 7 月に発生したバングラデシュ、ダッカレストラン襲撃事件後に発足した安全管理部の第一期メンバーとしてJICA安全対策制度、仕組みの構築に貢献。また、組織内の緊急事態シミュレーション訓練において階層別に様々な訓練を企画、実施。国連機関及び世界銀行の危険地赴任者向け訓練も受講しており、JICAのみならず国際機関の安全対策研修内容も熟知。
2018 年より独立し株式会社海外安全管理本部創立、代表取締役。
2022 年からは世界最大のセキュリティ関係者コミュニティである ASIS 日本支部で事務局長を務める。
獣医師、日本証券アナリスト協会認定アナリストの資格を有し世界情勢、感染症 / 公衆衛生、そして経済の 3 つの分野の知識、人脈を総合し、独自の視点でセキュリティコンサルティングを実施中。東証一部上場企業を筆頭に複数の企業、国立大学等からも信頼を得ている。

海外安全.jphttps://kaigaianzen.jp/
Twitterhttps://twitter.com/kaigaianzenjp

講演・セミナー依頼も、随時受け付けています

この記事は、2023年3月21日に北海道の江別蔦屋書店にて開催したスペシャル対談(主催:Office ConTe)に基づくものです。記事化にあたって、内容を抜粋し、表現や順序を整えています。

構成・執筆:プロフィール作家ハナ(井原はなえ)



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