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障害受容のゴールってどこだろう?

夜寝ていて、泣いて起きたことありますか?

コンサータと共に生きる発達主婦、えでぃです。


私は先日、泣いていました。

「普通が良かった」
そう言って、床にうなだれ泣いていました。

自分では、障害受容はできたと思っていました。
でも、出来ていなかったみたいです。


そして、大嫌いな「普通」にまだこだわっていたんだなと、夢を通して気づかされました。


とことん落ちるとこまで落ちたので、前向きに考えたいと思って、自分が生まれた意味、使命を考えていました。

自分と相当向き合って、今までの人間関係の整理をしたし、悩み立ち止まったときはたくさん本を読んだ。
周りに理解を求めることは難しいと悟ってから、自分で自分を理解することに努めてきました。


昔の偉人は発達障害が多かったという話もある。
発達障害が居たから、今の生活があるのか?
今も発達障害が存在している意味を考えると、今世紀も必要だから存在しているんだと、自分に言い聞かせていた。


「普通に見える」と言われることが、どれだけ辛いか。
それこそが一番しんどいところだとも言える。

慰めのつもりかもしれないが、その普通に見えるようにするために、どれだけ血のにじむ努力をしてきたか。

死に物狂いでしてきた見えない努力の結果が、定型にとっての当たり前。
散々苦しい思いをして、ようやく定型と同じスタートに立てる。


そんな理不尽な世界に、本当に嫌気がさす。

個性だとか言われても、個性では説明することの出来ない辛さ。

自分と向き合う中で、定型にはできないであろう特性も確かに持っている。
そこを生かして出来ることも考えてみた。

ただ、どうしても発達特性が邪魔して、うまくいかない。

どれだけ考えても、発達障害で生まれてきてよかったなんて一瞬たりとも1㎜たりとも到底思えない。


そんなことを思っても、生きていかなくちゃいけない。

生き地獄(笑)

そんな生き地獄の中でも、もがきながら生きていく私の理由は、子ども。


発達障害は遺伝することを懸念して、子どもを産むか産まないかという話もある中、私の場合、子どもを産んでからの診断だったために、その選択をすることが出来なかった。

ずっと気になってはいたものの、相談しても「大丈夫ですよ。みんなと同じことが出来てますから」と。

グレーのグレーすぎて、私の訴えは右から左。


今ようやく発達相談が動き出したが、そこでも無理解の壁にぶち当たっている。

自分と同じ思いをしてほしくないから、たったそれだけのことなのに、どうしてこうも分かってくれないのか。


でも、当事者が声を上げなければ、何も変わらないのは事実。

自分はそこまでの影響力はないし、ただの発達主婦だけど、どうにかしたい。


もがき苦しんだ自分の経験が誰かの役に立つのであれば、マイペースな亀更新でも情報発信していきたいと思う。


今の私の生きる目的は、子どもたちに発達障害について教えることと、これから自立して生きていくすべを教えること。


そして、子どもたちが大人になったとき、今よりも過ごしやすい世の中になることを祈りながら、自分がその先駆者になりたいとひそかに思っている。

特に理由はないけど、自分は何かを成し遂げられる気がするから。


だから今日も勉強するし、自分を理解することを怠らない。

向き合う

戦う