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工藤吉生歌集『世界で一番すばらしい俺』

 歌集紹介を所属の短歌結社誌に投稿しました。ボツの可能性があるので、ここで公開します。

 地味で時々生きづらい毎日を、口語短歌で表現する。

ヘ音記号みたいにオレの魂はどこにも行けない形で黒い

 片恋が破れて自殺を図った少年時代。

考えず腕組みをして不機嫌に見えそうだなと思ってほどく
うしろまえ逆に着ていたTシャツがしばし生きづらかった原因

 誰にもある不器用な部分を、ユニークに言い表す。また、他人に対する風刺も効いている。

パトカーが一台混ざりぼくたちはなんにもしてませんの二車線
あやしげな健康食品販売店の朝の雪かき真っ当である

 どこか儚げな、詩情に溢れた作品も読める。

傘を振り落ちないしずくと落ちるしずく何が違っているのでしょうか
近づけば夜のマンホールさざめいていつかは海になりたい汚泥

 しっかりとした定型と口語による安定した文体で〈オレ〉や私たちの地味さ、カッコ悪さを表現しているので、心当たりにドキドキしながらも読みやすい。しかし、共感できたつもりでうっかり〈オレ〉に踏み込もうとすると、しっぺ返しを食う。

三日月の欠けたところに腰かけるみたいにオレを知ろうとするな

 そしてその歌にすらも共感してしまう。私たちは〈オレ〉であり、〈オレ〉を分かった気でいる不躾な他者でもある。
 ところでタイトルについて、表題歌は思いもがけない順番で読むことになる。その目でお確かめいただきたい。

補足:短歌研究社から今年2020年7月に発行。書店になければ版元まで。

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