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北陸の思い出

はるか昔のことになりますが、、
1997年1月2日、ロシアのタンカー「ナホトカ号」が日本海で座礁して、重油が流出するという事故があり、その重油を回収するボランティアに行ったことがありました。

1995年1月の阪神・淡路大震災の頃から、「ボランティア流行り」があって、その回収もどこかのNGOが企画した「ボランティアツアー(生き帰りはバスで車中泊)」に参加したんですよね。。

向かったのは福井の東尋坊から少し南の、「鷹巣海岸」。ここで厳冬の日本海から吹き付ける風雪に震えながら、最大級の防寒着に軍手+キッチン用ゴム手袋を二重にしたりして、黙々と重油を手で回収したのでした。。
海岸に打ち上げられた重油は、真っ黒でお餅みたいにベタベタずっしりしていて、臭いは覚えてないけど、結構すごかったんじゃないかと思います。
そしてひたすら寒かった!指先の感覚はすぐになくなった覚えがあります(だって軍手にキッチン手袋ですもんね。。)何時間くらいやっていたんだろうか?

回収作業の後は、現地の自治体のご厚意で、芦原温泉の日帰り入浴施設を使わせていただいて、芯から温まり、それで帰ってきたと思う。現地には、ボランティアが大勢来て(もちろん地元の方たちも)回収を行っていたので、作業した人たちの休憩場所でマッサージなんかをしてくれるボランティアなんかもいたりしてました。

こんな感じで兵庫・福井から石川、能登の方までの沿岸でいっぱいの人が作業をしたんですね(人力だけじゃないでしょうけど)。
帰ってからは、東京でボランティアセンターみたいのを何人かで立ち上げて、そこでもなんか活動をしていたけど、詳細は忘れちゃいました。そしてその夏に再び鷹巣海岸へ行きました。今度は海水浴で。本当にきれいになっていました!!日本海で海水浴って初めてだったけど、水がちょっと冷たくて、透明でした。嬉しかったなー

そのあとも金沢や能登へ旅行はしていますが、重油回収の思い出はちょっと特別かな?
今年はお正月から大変なことになってしまっていますが、少しでも応援して、再び行って能登のおいしいお魚が食べられるように、心から願っております。

最初の写真は、大みそかに食べた「金沢まいもん寿司」です。最高でした!


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