BADBADNOTGOODの2016–2021:『Ⅳ』と『Talk Memory』の間の作品群

 BADBADNOTGOODの2021年作『Talk Memory』は、『Ⅲ』→『Sour Soul』→『Ⅳ』とリリースしてきた流れからすると、大分毛色の異なる作品だ。今までのある種宅録的な作成方法から、今回はヴァレンタイン・レコーディング・スタジオでの録音。また創設メンバーであるMatthew Tavaresが脱退し、ベースのChester Hansenと管楽器のLeland Whittyが鍵盤を弾いているのも大きな違いだろう(それもあってか鍵盤がソロを弾く箇所は減っている)。
 そして一番の違いの一つは即興性の取り入れ方だろう。ライブテイクのようなエネルギーに満ち溢れている演奏は、BBNGの録音作品では聴くことが出来なかったものだ。丹念に作られた作曲/作品性という過去作からの良さを残しつつ、同時にアグレッシブな演奏を録音することを実現している。この攻めた演奏はライブでのBBNGの延長線上とも言えるが、今までライブと録音を潔く切り分けていた(ように思えた)ことから考えると、大きな方向転換であるように思う。

(差が大きめ曲としてはここらへん(煽りMCの入れ方が秀逸)。爆走ドラムがカッコ良い!)

 『Talk Memory』の作品性はどこから来たものなのか、それを探るための一つの指標として、ここでは『Ⅳ』と『Talk Memory』の間、2016–2021のBADBADNOTGOODの動きをみていきたい。

『Ⅳ』周辺

 BBNGの2016年以前のプロデュースやコラボはそこまで多くない。バンドとしてはGhostface Killahとのコラボ作や Chester HansenとプロデューサーFrank Dukesが作成した曲がDrakeにサンプリングされた(「0 to 100 / The Catch Up」)のが大きなところだろう。それぞれの活動は『Ⅳ』をリリースしてから増えていく。

 まずはその前にざっくりと『Ⅳ』のリリース前後をみよう。2016年1月にLeland Whittyが加入し4人組に。2016年7月にアルバム『IV』をリリース、そこから2年間のツアー生活がスタート。その途中、2016年秋に鍵盤奏者James HillがMatthew Tavaresのサポートとして参加し、そのままMatthew Tavaresはツアーから離れソロプロジェクトMattyへ専念することになる。

(この時(2017年)はすでにJames Hillが鍵盤。)

2019年にツアーは終わり、またMatthew TavaresがBBNGを脱退することを決める。ここらへんの話はFNMNLのインタビューがわかりやすい。

Leland Whitty - 前作を出してからはツアー期間が長かったね。ツアーが始まって少し経った頃、マット(Matthew)は、ツアー生活に疲れていると言い始めたんだ。そこで僕たちは、ライブでキーボードを演奏してもらうための友人を雇った。その時点から、徐々にマットがグループを脱退するという方向に向かって行ったんだと思う。5年のうち、最初の3年はツアーで忙しくて、ツアー生活をなんとか生き延びていた感じだったよ。そして2019年にマットがグループを脱退することを決めたんだ。でもそれ以前に僕たちは、ツアーが終わったらしばらくバンドの活動を全て休止して自分たちの個人的なプロジェクトを追求できる時間を取ろうという話をしていた。その方がみんなの精神衛生上、良かったと思ったからね。
FNMNLインタビューより

 インタビューにあるように、『Ⅳ』以降は、BBNGとしての活動はありつつも、一旦メンバーそれぞれの個人的なプロジェクトが動いていた期間でもあった。それでは『Ⅳ』と『Talk Memory』の間の①それぞれの活動②BBNGとしての活動と分けてみていこう。

Matthew Tavares/Matty

 2016年にツアーから離れたMatthew Tavares、それ以降はMatty、あるいはMatthew Tavaresとして活動している。
 Mattyのデビュー作『Déjàvu』は2018年リリース。BBNGとの大きな違いは歌物かつMatthew Tavares本人が歌っていることだろう。1曲目「Embarrassed」ではBBNGからChester HansenとAlex Sowinskiが参加し、またアルバム全体にサックスでLeland Whittyも参加している。

 浮遊感あるサイケな歌物で、歌や鍵盤はもちろん、ギターやベースなども演奏している(多分)。ビートルズ、シューゲイザー、クラウトロックなどからの影響を公言しており、ジャズというよりは真正面からSSW作となっている。
 それ以降も頻繁に作品出しており、調べたら2021年11月24日の今日も88曲入りのアルバム出している…!

 もう一つの活動としてはMatthew Tavaresとしてのジャズサイド(?)だろう。サックスのLeland Whittyとの双頭リーダー作『Visions』(2020年)は、個人的に『Ⅳ』と『Talk Memory』を繋ぐ作品としては一番しっくり来るアルバム。カオスとチルを行き来するサイケなジャズで、フォークやブラジリアンの影響を感じる浮遊感と、その調和からどんどんはみ出ていくSun Ra的な荒ぶりがカッコ良い。

 ギターかき鳴らし系!BBNGでは表現できなかった作曲の感覚として、このギター的な反復感があるのでは。鍵盤に限らず、マルチ奏者かつSSWとして活動している。

 プロダクション/ソングラインティングとしてはカナダのプロデューサーFrank Dukesと組んで、Lil PumpやKodak Black、Travis Scott、Post Malone、Taylor Swift、Rosalíaなどに参加。またBBNGとしても多くの作品に関わっている(それに関しては後述)。

Leland Whitty

 BBNGへの加入は2016年からだが、作品への参加は初期から携わっていたLeland Whitty。サックス奏者であるが他の楽器もこなすマルチ奏者で、『Talk Memory』ではSoprano Saxophone, Tenor Saxophone, Flute, Guitar, Bass, Electric Piano, Piano, Synthesizerを担当している。

(『BBNG2 (2012)』より)

 上記のMatthew Tavaresとの作品が素晴らしかったLeland Whitty。David Bowieのカバー作『Modern Love』のMatthew Tavaresk曲にも参加している。

 またドラムのAlex Sowinskiとともにカナダの映画『Disappearance at Clifton Hill』(2019年)の音楽を担当している。曲というよりは音響的なアプローチが多く、音楽単体として聞くと実験作という感じ。
 参加作で印象的だったものとしては、ゆるふわギャングとのコラボ作もリリースしたカナダのビートメイカーRyan Hemsworthとの曲。

 スピリチュアルジャズとは別文脈で、スピリチュアル感ある演奏が素晴らしい。良い意味でジャズ感が出過ぎない奏者という印象だ。

Chester Hansen

 ソロ活動は多分していない模様。プレイヤーとしてはJerry Paper『Like A Baby』の多くの曲に参加。

 その流れでSteve Arringtonの2020年作『Down to the Lowest Terms: The Soul Sessions』のJerry Paper prod.曲「Good Mood」にも参加している。またフランスのソウル・シンガーBen L'Oncle Soulの2019年作でもベースを弾いている。

 プロダクション/ソングラインティングとしては、Matthew Tavaresと同じくカナダのプロデューサーFrank Dukesと組んで、RihannaやAminéの作品に参加。

Alex Sowinski

 Alex Sowinski名義としてはKAYTRANADA『BUBBA』(2020年)収録曲のPUFF LAHがキャタクターがしっかり出ていてカッコ良い。

 またプロジェクト「Arrangement」を2018年より開始。説明によるとデザイン集団の模様で、アパレルなどの販売も行うほか、Alex Sowinskiとその友人による曲もリリースしている。配信だとまだ3曲のみだが、すでにEP的なカセットがリリースされているようだ。心地よいアンビエント/ニューエイジ。

 またこれもArrangement名義なのか、Group Climateよりドラムサンプルの販売も行っている。インスタで少し試聴可。

https://www.instagram.com/p/CKhHtWTANzA/

BBNG

 BBNGとしての活動は、予想以上にあった…!まずは2016年にMick Jenkinsにfeat.BADBADNOTGOODとして参加。

 Daniel Caesarの「Get You」にも参加。どちらもレコードのような演奏を行うソウルフルなバンド、というイメージではあるが、直球から少しひねった、ライブラリー系なヘンテコ感が入っているのが面白い。

 2017年にはDenzel CurryとBADBADNOTGOOD Sessionsとしてシングルリリース。演奏も良いが、Denzel Curryの勢いが凄過ぎて最高。

 他には『Late Night Tales: BadBadNotGood』をリリースしたり、Samuel T. Herringとコラボシングルを出したりなど。またKendrick Lamarの『Damn.』にも参加している。

 2018年はCharlotte Day Wilsonの『Stone Woman EP』に全面的に参加。これにはMatthew Tavaresも関わっている。またLittle Dragonとのコラボシングル「Tried」のリリースもあった。

 ツアーが終了したであろう2019年はJonah Yanoとのコラボが大きなトピックスかもしれない。この路線でアルバム作るかと思ったらEPのみでびっくりした。

 2020年は録音やミックスしていたのかも…(インタビューによるとパンデミック直前に録音終わったとのこと)?Brainfeederのコンピ『Brainfeeder X』でのThundercatとのコラボのほか、ゲームGTAでのMF DOOMの曲など。

 2021年は『Talk Memory』以外はリミックスの年だったのかもしれない。BBNGの曲をサンプリングしたVANO 3000『Running Away』の爆発的なヒット。そしてNick HakimやBrittany Howardのリミックス(というかリワーク?)など。

録音作品以外

 絶え間無く制作していた彼らだが、もちろん録音以外でも活動しており、『Talk Memory』に関わる最重要の活動としてはこの動画だろう。

 『Talk Memory』を録音したValentine Recording Studiosの訪問動画。(レコーディングというよりも、セッション的な)リラックスした雰囲気での録音している空気感は『Talk Memory』と共通している気もする。

 またメンバー3人での制作という意味ではOttawa International Jazz Festivalの演奏が興味深い(演奏開始は7分過ぎから)。

 前半のかなり即興性の高いセッションから管楽器の多重録音を軸とした曲へ。キーボードが抜けた箇所をベースのエフェクターや管楽器で埋めていく演奏が面白く、結果的に全員攻めるアグレッシブな演奏になっている。

「音色」と抽象→即興性?

 (予想以上に)幅広い活動を活動を行っているため一言で括るのは難しいが、どの作品にも共通してのは「音色」が重要だということではないか。声の無いバンドながら参加作がすぐわかるのがBBNGの面白さだろう。演奏としてはシンプルなものであったとしても、だからこそ個性が光る曲が多かった。
 もう一つ特徴的だと思ったのが、その音色を生かした作風の広さ/抽象度の高さだ。ジャンルはジャズからソウル、アンビエント、フォーク、ヒップホップなど一層広がっていったし、どれもBBNGらしい曲となっていた。「良い音でわかやすい良い曲を」という方向に行くことも出来た気もするが、むしろ音色の良さを生かしてより幅広い音楽性、さらに言えば抽象度の高い方向へと進んだと思う。「この音色ならばここまで崩して大丈夫」という感じというか。ざっくりといえばメロの輪郭線がはっきりしている曲からニュアンスを楽しむ方向へシフトしていった、というのがよいだろうか。それぞれのソロ作やリーダー作、Alex SowinskiのArrangementやMatthew Tavares & Leland Whittyがわかりやすいだろう。
 その「音色」を軸とした抽象的な表現の探究から演奏の自由度が増した→メロディを追うだけはない/ニュアンスを楽しむ演奏となった→今回の即興的な表現が可能になっていた、となるとシンプルだが、まぁ実際はもっと複雑な要因が絡んでいるだろう。とはいえ、少なくとも一因ではあるのではないか。

プレイリスト 

 即興性の高い/抽象度の高い演奏が面白いアルバムではあるが、録音物措定はArthur Verocaiのアレンジなどで輪郭がまとまっていたのも事実。その塩梅が名作であるゆえんではあるのだが、もしそのまま3人ないし4人でライブを行うとかなり抽象的な演奏になりそうな予感も…?それぞれの演奏はどのように変わったのか。本作を支える即興/作曲のニュアンスとは。ライブを観てわかることも多いと思うので、なんとか来日して欲しい!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?