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正弦定理14

地の底から響くような冷たい声が聞こえてきた。
「よくぞここまで来た。勇者よ」
奴は余裕でほくそ笑んでいる。
「おまえに提案がある。
わたしの部下になればこの世界の半分をやろうではないか」

来た!おなじみ。
ここでコマンド。
「はい」OR「いいえ」

選択「いいえ」

勇者は叫ぶ。
「ふざけるな―」

そいつは(ラスボス)なおもほくそ笑む。
「ほおお、馬鹿なやつだ。父親そっくりだな」

たじろぐ勇者。
「え…父さん?だと?…」

『なんと。行方不明の父親はこいつに殺されていたのか?』
今やありきたりの演出。
しかしそれでも、ここまで一緒に歩んで来たわたしは涙せざるを得ない。

「ふははははははは!」
やつの笑い声が空間に響き渡る。

頑張れ勇者、負けるな勇者。
お前はヒーローなのだ、食いしばれ。


ようやく最後まで来た。
あとはこいつを倒す!
こいつを倒せば晴れて世界は救われる!

救うぞ。救ってやるぞ!!
コントローラーを持つ手に力が入るわたし。

「…ごはんよ」
そいつ(母)は忍のように後ろに立っていた、
びっくりして一瞬「わ!」と反応した。
「…あ、これ倒さないとリセットされる」
「…楽しそうね。さきに食べてるわよ」
ラスボスにひけをとらない冷たい響きを残して母は台所へ去っていった。

これ、倒したら一気にエンディングのパターンなんだよねえ、困ったねえ、ごはんずいぶん遅くなるなあ…

このままご飯にするかなあ、

母は、いい年の娘がロールプレイングゲームをやっているのをどう思っているのだろう。
「楽しそうね」
そう、批判もせず何にも言わない母。
わたしのやることに批判や反対をしてきたことなどない。

ただ無感動で、笑うこともぜす、淡々と仕事と家事をこなす母。

楽しいのかな?人生。
あの人は楽しんでいるようには見えない。

では、何の為に生きている?

…人の事は言えないか。

わたしは何の為に生きている?

『救いたい』幼い頃から湧いてくる衝動。
ロールプレイングゲームにはまるのは、こんな衝動を満たしてくれるからなのかも知れない。

『救いたいの。姉さんを』
一瞬、今までと違う衝動が沸いた。
今までと違う声が聞こえたような気がした。
姉さん?誰の事?

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